第24話 真実をぶちまけても弾劾は続く

 ジョエルを止めに入ったシャルルの手を、「危ない」と言ってセラフィンがつかむ。ピピは短剣を下ろしており、許容するように瞳を伏せるだけ。


 ――カルメは罰を受けるべきだが、殺すのは間違っている。


 息を飲んで目をぎゅっとつむるが、いつまで経ってもカルメの悲鳴は聞こえない。おそるおそる見上げると、剣を振り上げたままジョエルの体が硬直していた。その向かいでカルメが手をかざしている。行動を<制限>したのだろう。


「ピピ! いましかないのよ⁉ コイツはひとりしか<制限>できないんだから!」


 ピピの肩が揺れ、手にした短剣が硬質な光を放つ。ゆっくりとカルメに向きかけたピピの体が、突然――ドアへと向き直る。

 わずかな間を置いて、寝室の外から走り寄る足音が聞こえた。


「全員、動くな!!」


 剣を手にしたアルマンが寝室へ滑り込み、すばやくジョエルの腕をつかんだ。


「下ろすんだ、ジョエル」

「くっ……下ろすも何も、動けないのよ」

「カルメ司教、【】を解いてください」


 カルメの目が見ひらかれた。


「――なっ、なぜ知っているのです⁉」


 教会の、それも上位におわす数名しか、カルメのギフトを知っている者はいない。

 おどろいた拍子に【束縛】が解けたか。ジョエルの腕が下がっていく。


「ピピも動くなよ? ふたりとも武器を捨て、ゆっくりとひざまずけ」


 詰めていた息を吐き出したシャルルだったが、自分に向けるアルマンの瞳も冷たいことに気が付いた。


「弁明は陛下の御前でどうぞ。私はおりましたので」

「「――えっ?」」


 シャルルはひたすら目を丸くし、ピピは混乱した。廊下からアルマンがやって来る気配は察知できた。外からやって来たのは確かなのに、『見ていた』とはどういうことだろうか。


 しばらくして、また廊下が騒がしくなり、衛兵を引き連れたユーグが入室した。


「全員、ご同行願います」


 ピピとジョエルは別方向へ連行されていく。



 シャルルとセラフィン、カルメ司教が連れて行かれたのは、玉座の間だった。ガランとした広間は見た目にも寒々しいが、ここには温度調節ができる魔法の道具がある。おかげで夜着にガウン姿でも凍えることはなかった。


 正面の壇上に重厚な玉座がひとつ鎮座している。シャルルたちはひざまずかされ、夜着にガウンを羽織っただけの国王ジェラールがやって来た。その後ろに続くアルマンが、玉座のすぐそばに控える。


(そういえば、アルマンはもともと、お父様の護衛だったわね)


 少し眠たそうなジェラールが手を上げると、シャルルたちに向けられていた槍が上を向く。左右あわせて六人の衛兵に囲まれ、後ろにはユーグが立っている。


「話はアルマンから聞いた。……シャルル、お前のギフトが【悪魔】だというのは本当か?」


 ――ああ、今度こそ逃げられない。

 あと四ヶ月ちょっとで十一歳だったのに、やはり十歳で終える人生なのか。


「……はい」

「お前が、マルガレータのギフトを奪ったのか?」

「……そうです」

「そうまでして、母親の罪を隠したかったのか」

「ち、違います!」


 たしかに証拠となるギフトを奪ってしまったが、それはジェラールの目を覚ますためだ。

 シャルルが続けようとしたとき、険のある子どもの声が割って入った。


「――じゃあ、どうして姉上のギフトまで奪った⁉」


 声がする方向――玉座の横にある扉――へ振り向けば、ヴィクトルが射殺さんばかりの視線をシャルルに放っていた。

 シャルルたちと同じく夜着にガウンを引っかけた格好で、ジェラールの横に並び立つ。


「う、奪ってなんか……」


 そこでふと、自分のギフトではないことを思い出し、シャルルは言葉を濁した。【悪魔】のギフトは神から与えられた正当なものではない。本当の持ち主はいまのベルティーユ(元シャルル)だ。


「どうなんだ⁉ はっきりと言え!!」

「わ、わたしは……」


 嘘は付きたくない。だけど真実は、荒唐無稽にしか聞こえないだろう。正直に話して信じてもらえるとは思えない。それにベルティーユとして生まれた元シャルルを巻き込みたくもなかった。今度は幸せになってほしい。


 ――もう、あきらめよう。


 両親も弟も助けることができた。セラフィンも、もう人形のようにはならないだろう。ベルティーユとパトリスの婚約も回避できた。シャルルの人生は十歳で終わり。

 俯いたシャルルの瞳が光を失っていく。結局、あきらめ癖は直らなかった。


「シャーリィ?」


 隣から不思議そうにセラフィンが顔をのぞき込む。

 シャルルはもう、その声に答えるのも億劫だった。


「どうして黙ってるの?」

「…………」

「そのギフト、シャーリィのじゃないでしょう?」

「――えっ?」


 どうしてセラフィンが知っているのだろうか。

 横を向くと、セラフィンはで笑った。まるで悪戯が成功したみたいに片目をつむり、前を向くにつれ【天使】の微笑みに戻っていく。


「発言をよろしいでしょうか? 陛下」

「構わない」

「【天使】の能力に、すべてを見通す力があることは、ご存じですか?」

「……ああ、聞いたことがある」

「僕には人の持つギフトがすべて見えます。まずは信じていただけるよう、ギフトを当てましょう」


 フム、と顎に手をやったジェラールは、隣に立つアルマンに視線を送った。


「この者のギフトは何か、答えられるか?」

「はい。【幽体離脱】です。寝ているあいだに意識だけ飛ばせる能力ですね。レベルも高く、幽体離脱中に見聞きした内容を、はっきりと覚えているでしょう」


 シャルルもカルメも目を丸くした。――否、ジェラール以外の全員がおどろいた表情を隠せないでいる。ばらされたアルマンは渋い顔になった。

 ジェラールは鷹揚に頷き、セラフィンが言わんとする本題を促す。


「して、それがいま、なんの役に立つ?」

「僕があらかじめ、シャルルが持つギフトをすべて陛下にお伝えします。その後、シャルルに聞いて答え合わせをすればいい。僕には、誰から奪ったのかも見えていますから」


 ――ああ、そうか。

 セラフィンが挙げたギフトとシャルルが答えたギフトの数が同じなら、嘘を付いていないと証明できる。さらに誰から奪ったものかも答え合わせをすれば、ベルティーユのギフトは奪っていないと理解してもらえるかもしれない。


 そこへヴィクトルが、無作法にも割って入った。


「お前たちは仲がいいのだろう⁉ 口裏を合わせていないと、どうして言える⁉」

「それはカルメ司教が証明してくれるでしょう。僕はずっと、彼の監視下にありますから」


 淀みなく答えて、セラフィンはひたと国王を見据えた。


「おもしろい。やってみよう」

「――父上⁉」

「お前はもう少し、礼儀の勉強を増やしたほうがよさそうだな」


 うっ、とうめいてヴィクトルが黙った。

 セラフィンが進み出ると、壇上から降りたアルマンが身を屈める。



「ではシャルル、お前が奪ったギフトをすべて話せ。誰から奪ったかも」

「はい……」


 ――ああ、その前に。とセラフィンが遮った。


「シャルルが持つ【悪魔】のギフトが、であることをご留意ください」

「どういうことだ?」

「繋がっていないのですよ。シャルルの魂と【悪魔】のギフトが」

「「っ――⁉」」


 誰もがおどろくなか、目玉を落としそうになったのはシャルルだ。


「セラフィン⁉ そんなことまでわかるの⁉」


 ペチリと額を叩いたジェラールが、「頼むからわかるように説明してくれ」とこぼす。セラフィンはシャルルをまっすぐ見つめ、「真実だけを話すように」と念を押した。


 その言葉にハッとした。嘘を付かずに、真実だけを話す。ベルティーユの名前を伏せるのは嘘にはあたらないだろう。自分がベルティーユであったことも。


 セラフィンがいてくれることが、こんなに心強いとは思わなかった。彼はやはり、シャルルにとってのヒーローだ。思い切って声をあげる。


「わ、わたしは……、二度目の人生を生きています!」

「「っ――⁉」」


 記憶を持って一度だけやり直せる【再出発】ギフトを使ったことを話し、やり直す前の惨状を語る。ジェラールはおどろきつつも、真剣に耳を傾けた。


「【再出発】ギフトは、生まれる前までわたしを戻しました。そこで、【ギフトなし】になるわたしを憐み、ある人が【悪魔】のギフトを譲ってくれたのです」


【悪魔】のギフトを使って危機を回避し、その過程でギフトを奪ったこと。返そうとしても返せなかったことなど、シャルルとベルティーユの関係以外は洗いざらいぶちまけた。


「マルガレータのギフトを奪ったことで、わたしは目的を達成し、それ以降はギフトを使っておりません。その証拠に、“破滅の樹”はこのとおり、実をすべて落として樹も枯れかかっております」


 左手の甲を掲げて見せる。蔓のように細くなった黒い線だけが浮かび上がった。

 神妙な面持ちで頷くジェラールの隣から、ヴィクトルが一歩進み出た。


「う、嘘だ……」

「ヴィクトル、控えなさい」

「父上、俺は見たんです!! シャルルが黒い鎌を振りかざし、マルガレータを殺したところを!」

「なん……だと?」

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