22.発症の理由


 問診の後、アイナはイヴの目を触り瞼を裏返す。

 本来ツルツルな表面のはずである瞼はブツブツと大きな腫れが見える。ただ、アイナは何故か黒い手袋を装着している。


「む……心配しなくてもこれは消毒してるよ」

「いや、素手でやらないんだなって」

「あー……それはこの魔眼レンズを触れば分かるよ」


 慣れた手つきでアイナがイヴの両目から魔眼レンズを取り外した。それをこちらのトレーへ置いた。銀製のトレーは次第に熱を帯びる。


「あつっ⁉」

「それが魔眼の副作用。炎猩々の魔眼レンズは試作品でね、発火能力の代償として常時その熱を受け続けるのさ」

「焼けるじゃん……?」

「アイナの熱意に焼かれるなら本望だッ」


 物理的な熱なんですがそれは。

 こんな状態に晒され続けてたら、そりゃ結膜炎にもなる……というより、よく無事でいられるな。


「愛の力だッ!」

「お前もいい幼馴染みを持ったなぁ先生」

「……診察を続けるよ」


 眼球表面自体に傷はない。

 充血に目脂、瞼の腫れ……予想通り典型的なコンタクトレンズによる結膜炎だろう。これがなら、なんだが。


「ほんとなら発症時点でレンズは外して欲しかったんだけどなぁ〜?」

「ぅぐ、仕方なかったんだ! ここのところ都市周辺に昼夜問わず魔物が多く現れていたから!」

「忙しさを理由にはできないぞ」

「ぐっ……アイナに言われるのはいい! だが胡散臭い男に言われるのは納得できないぞアイナ!」


 ゆっくりと、アイナがこちらを振り向く。俺としては満面の笑みを作ったんだが、どうやらあまり気に入ってくれなかったらしい。


「アイナ先生、指導はきっちりやりましたか?」

「も……もちろん?」


 声うわずってんぞ。


「レンズの扱い、装用頻度・時間、その他注意点についても当然してますかな?」

「カンペー、私も医者の端くれだよ⁉︎ それに魔眼レンズの第一人者だ、取り扱いについては……」

「ホントに?」

「ぅ……やった、と思う、よ」

「貴様、アイナに詰問できる立場か!」

「シャラップゥッ! 魔眼レンズを選定する側として、使用者に安全を求めるのは当然の行為だっ!」

 

 もちろん詭弁である。

 そもそも今回、選定の魔眼レンズが必要にはる場面があるとは思えない。こんなもんは初歩の初歩だ。選び定める必要すらない。


「レンズの取り扱いを徹底させるのは絶対で……アイナ、こっちの世界に抗菌薬とかあんの?」

「薬草と魔法を使えばできるよ。抗炎症薬もね」


 魔法さん便利だなぁオイ!

 でも、俺に薬剤作成のスキルはないんだから助かるな。作り方なんて知らんし。


「なら話は早ぇ。副団長様はしばらく魔眼レンズお休み! 点眼治療を1週間くらいは続けるこったな」

「いや、魔眼レンズの影響だからもう1〜2週間必要かも」


 2〜3週間か……まぁ、仕方ないな。


「そ、それは困るッ!」


 おとなしく聞いていたかと思えば、イヴは少し慌てた様子で食い下がる。


「あのなぁ、無理して使った自己責任なんだからちょっとは……」

「帝国との交流を兼ねた模擬戦があるんだ……! ハーディーの兵士全員の誇りを賭けた大事な試合が……1週間後に!」


 日本でも似たようなことはある。

 大事なイベントの前に目の調子が悪くなった人間は大勢見てきた。だからこそ、異世界でも同じことを思う。


 もーちょい早く相談してくれ……


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