第3章 幼馴染み副団長と結膜炎

19.異世界再び、そしてラッキースケベ



「はい、あとは診察なんで待っててくださいねー」


 週明けの月曜。

 超エキサイティングな週末から一転、いつもの日常が戻ってきた。結局金貨の換金分は貯金に回してしまったのが庶民たる要因だと痛感した。

 出所が異世界だし、下手に散財して金銭感覚を狂わせたくない……というのもあるが。


「うぉっい! 遅いぞ、まだ呼ばれんのかい!」


 1人の検査を終えたところで受付から乱暴な口調が聞こえた。どうやら定期受診している爺さんの癇癪らしい。


「斉藤さん、順番ですから……」

「何分待たせんだって言ってんだ!」


 受付スタッフも少々手を焼いている。はて……斉藤さんはそんなせっかちではなかったが。


 一旦受付へ向かうと、魔眼レンズが反応する。受付のカウンターに肘を置きながら声を荒げる斉藤さんを見ると、彼の口、右頬の一部へ糸が伸びた。


「なんすか大声出して」

「カンペー君、斉藤さんが……」

「早く検査してくれって言ってんだ! 朝から待ってるんだぞ」


 ……まだ診療開始して10分なのだが。

 伸びた糸は変わらず、斉藤のお爺さんの右頬、下顎へ繋がっている。

 いつもと違う謎のイライラ、右頬、下顎、選定の魔眼の反応……

 

「斉藤さん、歯ぁ痛いんすか?」

「あぁっ? ……あぁ、今朝から右の奥歯がな」

「虫歯かもしれないから、先に歯医者行った方が良いっすよ。眼科こっちの定期検査は今月中に来てくれりゃいいんで」


 恐らく斉藤さんから見た俺は、金色の瞳で圧があったのか、やや引いた様子で頷いた。


「そ、それならまた出直すよ、悪かったね……」


 目も大事だが、歯も大切に。

 斉藤の爺さんは右頬を撫でつつ歯医者へ向かっていった。その後は平穏な午前を送り、ことなきを得る。


 そして午前の診療が終わり休憩時間になると、話題が朝の出来事が出された。


「びっくりよねぇ、普段穏やかな斉藤さんが大声出すんだもん」

「斉藤さんの奥さんから検査予約の電話があったんだけどね、ホントに虫歯だったんですって〜それも結構ひどいの!」


 ……マジか。


「カンペー君なんでわかったの?」

「たまたまですよ、たまたま」

「やだぁ男の勘みたいな⁉︎」


 ハイテンションのご婦人達は元気があってよろしい。それとは別に朝の魔眼について考察していた。


 グリフォンの時もそうだが、見た対象の急所というか、弱点も見ることができるようだ。今回の場合は患部だが、偶然でなければ何かしら悪い部位も『選定』できるらしい。

 

「とにかく斉藤さんに大事がなくて良かったっすよ。んじゃ、休憩なんで外出てきます」


 今日は駅前のラーメンでも食うか……と、リュックを背負って眼科を出て数分。白昼の路上に黒ローブ。いつか会った……どころか、週末ぶりの銀髪坊主との再会である。前は闇夜でよく分からなかったが、顔にはそこそこのしわとほうれい線。どこかで見たような青色の瞳に、うっすらと充血を添えていた。


「あ」

「また会ったな――貴様、その魔眼ッ⁉」


 男が一歩、こちらへ踏み出す。

 まずい……いまこっちの世界にアイナはいないはず。たとえ110番したとしても、警察が来るまでに消し炭になる方が早い。


「そのま――」


 ――――三十六計逃げるに如かず。

 男へ背を向け、全速力で来た道を戻る!


「なーにが大丈夫だあのクソヤブ医者、普通に違法滞在してるじゃねーか‼」


 細工するとかなんとか言ってたくせにご近所じゃねぇか! やっぱ信用ならんぞあいつッ!

 振り返るとローブをはためかせて男が追いかけてきていた。


「待てェッ!」

「待てと言われて誰が待つか!」


 走る道の先、魔眼が示す金の糸。

 信号を無視しながらギリギリで車を躱し、男と距離を取る。路地を出たり抜けたり、気付いた時には男を振り切っていたが、念のためそのまま突っ走る。


「つーか、あいつ、ドラゴンなんねーのかよ――――ぁっ⁉」


 振り返り気味に走っていたせいで、目の前の階段に気づかずそのまま虚空に投げ出された。


 アスファルトに叩きつけられ転がるであろう状況。しかし落下寸前で目の前には光の畳もとい、光の壁が現れ吸い込まれるのであった……




 ◇ ◇ ◇




「あだッ⁉」


 見知らぬ

 キスの相手はコンクリート……ではなく、埃っぽい木の床でした。落下速度はある程度減らされていたものの、顔面をもろに打ってしまった。


「ってぇ…………ったく、何であの光がここに…………」


 転送魔法……だっけか?

 あれって普通にはできない魔法なんじゃないのか? アイナ本人もいないのにどうして……


「月曜からめんどく」


 顔を上げ、陽光をに目を細めるはずだった。

 太陽の日差しはなく、眼前にあるのは銀色の刃。俺の首筋へ伸びる切っ先の持ち主は、下着姿にシャツ1枚の少女だった。


「だだだだだだ誰だ貴様ッ⁉」


 燃ゆるような赤い、長い髪の少女。

 その目は髪色に負けぬくらいの……真っ赤な白目とオレンジの虹彩。 

 おまけに両の目頭に目脂めやにを添えて。


「えーっと…………魔眼フィッターです」


 ひとまず……異世界に来たであろうことは置いといて。

 情報量でラッキースケベが流されていってしまった。


 


 

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