お目覚め
「よくもまぁ掻き回してくれやがって」
四本腕さんはそれはもう怒り心頭状態であった。よりにもよって人造人間でもなく半人造人間でもなく、ただの人間如きに獲物を取られてしまったのだから。
「そんなに怒んなって――」
さも動揺していない雰囲気で動くことなく静かに座り続ける井ノ神。しかし心の内は心臓が自分を追い詰めているかのように聞こえるほど追い詰められていた。
井ノ神は四本腕から目を逸らし、気にせず背景文の回復作業に戻った演技をしたのだが、四本腕からするとあからさまに焦っているのだと分かる。
四本腕は少々苛立っている。
景文を連れ去られた事もあるのだが、そんなことよりももっともっと、彼にとって癇に障る出来事あった。
「――なぜ人間のフリをしている?」
「……何のこと?」
井ノ神は恐怖のあまり答えられなかった。
「とぼけるな。あの俊敏さと腕力を持ちながら人間と言うのは少々無理があるだろう」
「……」
「それともう一つ。お前は俺の構造を知っているな――?」
そう。ほんの少し前。
景文が四本腕に心臓を握りつぶされたあの牛丼屋にて。あと少しで再生装置も潰せそうだというところで、監視をしていた井ノ神が四本腕の腕を目まぐるしい速さで裁いた。
井ノ神は四本腕に正面から腕力勝負をしても勝てないと分かっていたのでここぞという場面で襲撃。そして、機械の弱点であるつなぎ目の部分を指で押し込み景文を掴む腕を振り払った。
それと同時にすぐさまに景文を回収し、四本腕の脚の関節辺りをつま先で押すように蹴る。
四本腕は狂わされた機械の流れに抗うことが出来ず、一瞬跪き、その隙に井ノ神は窓をかち割って飛び出した。
「初めてだ。ただの人間に膝をつかされたのは」
「それは残念だったな――」
「お前には聞きたいことがたくさんあるが、その前に景文を処分しなくてはならない」
「聞きたいことがあるなら俺から先に相手しやるぜ?」
威勢の良い井ノ神。だが本当は今にも弾かれたいほどこの場から逃げたい。
しかしいずれとしても、景文が殺された後に自分も殺られてると感づいているので、どうせ死ぬならやるだけやってみよう精神になっていた。
だが、井ノ神は案外冷静ではあった。
それは井ノ神の肝が座っている訳でもなく、勝てる見込みがあるからでもない。
四本腕があり得ない事を口にしたから――。
先程四本腕は、お前には聞きたいことがたくさんあると言った。それはつまり井ノ神の事を知らないということだ。
状況から察するに、井ノ神の雇い主と四本腕は同じ組織であるにも関わらず、四本腕は監視役である井ノ神の存在を知らない。
それはいくらなんでもあり得ない話ではなかろうか――?
普通なら処分対象の情報として監視役の存在は知らされるはずである。だが四本腕は知らなかった。
いつもあれだけ情報漏えいを気にして井ノ神に秘密のお部屋で仕事の話をするような組織がよりにもよって今回だけ情報の不足が起きるなんて考えられない。
この矛盾が恐怖に震える井ノ神の脳を刺激させ、動揺を制御していた。考える必要性を与えられたからである。
「……お前は何もんだ?」
「 だからそれはこっちのセリフだ。普通の人間ふぜいが何故俺達の弱点を知っている?」
四本腕は本当に知らなそうだ。
それにここで知らないフリをする理由もない。
つまり導き出される結論としては、この四本腕の飼い主は井ノ神の雇い主とは別の組織の可能性があるということ。
そう結論付けた井ノ神はとうとう考える事を失い、現実に直面せざるを得なくなった。
「まぁそんな事よりも俺はお前に聞きたい事がある――」
「何だ? 殺す前に聞いてやろう」
やっぱ殺されんのかよ。井ノ神は予想したくなかった予想が当たってしまい、ますますビビるが、振り絞ってある事を訪ねた。
「お前の雇い主は誰だ?」
「……俺は――」
だが、四本腕が答えようとしたその時。
井ノ神の横。つまり――。
「お喋り好きなのも変わってねぇのな――」
可愛い黒目の景文が真紅の眼光となって目覚めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます