知らない光景
――ピピピピ。
アメリカの山奥にて自然音の中に紛れて目覚ましの音が鳴るやいなや、小さい少年――黒嵜景文が目覚める。
「おはようございます――」
「あ、おはよ〜」
丸い部屋。
天井がライトで見えないほど高くあり、床は真っ白な金属。壁は謎の鉄のパイプがいくつも繋がれており、壁一面を覆い尽くしている。
そして景文の横にポニーテールの女が一人――。
「……ここはどこですか?」
「え? もしかして寝ぼけてるの?」
景文は何も覚えていない。
それを冗談かのように受け取る女は、手で口を抑えながらクスクスと笑う。
「ここがどこかなんて景文君は私よりも知っているでしょう?」
「……」
景文は辺りを見渡す。そこはまるで金庫の中のように、よくわからない鉄か何かで出来た、厳重な鍵らしきものが部屋の入口にかけられている。
その鍵は景文を牢屋に閉じ込めるためにあるのだと、その厳重さから景文は察した。
「そんな寝ぼけたことを言わないで今日も検査始めるよ――」
「――!!」
女は戸惑っている景文を気にもとめず、景文の袖を捲り、腰から注射器を出す。
景文は抵抗しようとするが変に体に力が入らないので振り払う事が出来ない。
注射器は景文の腕を突き刺さり、血液を鉛筆一本分吸い取る。その血は本物の人間の血であり、決して人工的な物ではない。
「……え?」
景文は自分の目を疑った。
自分はロボットであり血が通っていないはずなのに、自分の腕から紛れもない鮮明な血色が取られている事。そして、自分は――。
「……こんな手だったっけ?」
景文の目には自分の腕らしき大人の腕が写っており、尚且つその腕から血が流れている事が理解出来る。
そしてよくよく見れば、胴体も足も子供であるにも関わらず異様に長い。
景文は違和感を覚えた。
自分は何をしていたのか? 誰なのか? 何でこんな場所にいるのか――?
頭を巡らせるが一向に思い出せない。
ただ覚えている事は自分はどこかで誰かと一緒にご飯を食べていた事のみ。しかもその相手は女の子で、顔も名前もはっきりとは出てこない。
「あの、俺は……」
「ん? 景文君どうしたのかな?」
「俺、は……」
「……」
景文は急にどことなく不安になる。
何も覚えていない以上、自分が何に怯えているのかは分からないが、これから自分の身に起きることが怖くてたまらない。
やがて心臓の動悸が収まらなくなり、次第に冷や汗も顎を伝って流れ出す。
それを見たポニーテールの女は搾取中の注射器を手放し、景文の頬を優しく撫で始めた。
「……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
景文は何だこいつと女を見るが、女は何も答えず撫でるのを止めることはしない。女は先程まで笑顔を見せるほど明るかったにも関わらず、今は見下すような目で景文を見つめ続ける。
「はぁ、はぁ……。急に何ですか……」
「……」
景文は彼女の得体のしれない威圧感に屈してしまい、更に呼吸を乱す。
しかし女はそんな景文をなだめる事無く、もはや悪意を持っているのではなかろうかという目で頬をなで続ける。
「……」
「その手を……、離せ……」
景文は得体のしれない彼女の手を振り払おうとするのだが、注射器が刺さったままの右腕は動かせず、左腕も痺れて動かない。
しかし景文はここで抵抗しなければと強迫観念に駆られて、何とか震える左腕を徐々に上げて女の手を掴む。
「……クソが」
「……」
女は腕を掴まれても全く気にすることなく頬を撫で続ける。しかも女の目は生気を無くしており、何かに囚われたような顔をし始める。
「――今度こそ……」
「――?」
「今度こそ……、ここから逃げてね……」
景文は女の意味不明な言葉を理解する事が出来ず、聞き返そうとするのだが、重しを掛けられたように段々と重くなる己の瞼を引き上げる事に精一杯だった。
「景文……。私はね――」
女が続きを話そうとしたその時。
景文はとうとう意識を失ってしまった。
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ここは何処だろう?
景文は宇宙の暗い暗いブラックホールのような場所でただ一人、見えない床の上に立っていた。
目の前の光景には先を見れば見るほど漆黒さが増すブラックホールに、景文は呆然としていた。
だが暫く見続ける内に、奥底から淡くて白い光が出始めて、その光を求めて景文は一歩ずつ歩き始める――。
そして次第に体全体を覆うように光は輝きを増して――。
「――はっ?!」
景文は暗闇の中で一筋の光に導かれるように、瞑った瞼を何とか押し上げる。
するとそこには雪と――。
「よっ!」
「……アポロさん――?」
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