死
「人間だったにしては随分と流暢にロボットっぽく話すもんだなぁ」
「郷に入ったら郷に従え。お前みたいな教養のない孤児には分からないか」
「他人のデリケートな部分は刺激しちゃいけないのは習わなかったのか?」
お互い一向に先手を出さない。
読み合いといったところ。
されど景文に関しては、四本腕の出だしを待つというより先手となり得るものがないといったところ。
タイプメタとしての力はもうほとんど残っておらず、引き出せるのは人造人間としてほんの残りカス程度であり、路上の知らない強面おじさんを倒す程度しか出来ない。
つまり、訓練された暗殺者ぐらいの人間離れした人間レベル。
「――来ないのか?」
四本腕は騒ぎで床に落ちた牛丼の残りを、背中から生えている右腕で拾い上げる。そして手で直接丼の中を鷲掴みにして、クチャクチャと音をたてながら貪る。
「お前が先に来いよ」
「俺は牛丼で忙しい。それに、勝負っていうのは弱い方から突っ込むものだろう?」
格上相手には懸命な判断が強いられる。
だからこんな煽り文句を真に受けている場合ではなく、一目散に逃げる手はずを考えるべきだと、景文は分かっていた。
しかし、煽られるのは景文の闘争本能ではなく、恐怖心もまた心の底から醸成される。
そしてその恐怖心は逃げられないと自分を錯覚させて――ヤケクソに立ち向かわせる。
「――?!」
景文は残る力を足に全て集約させて、米と牛肉が散らばった床を蹴り、四本腕の背後に回転するように回り込む。
四本腕は、景文が想像よりも力を残していたことに一時は驚くがすぐに立て直す。
「流石に人間離れはしているか――」
「そうだな、残念ながらな」
「 残念? 誇るべきことじゃないのか?」
「速いだけで誇れねぇよ」
景文のスピードに反応出来なかった四本腕は背後をしっかりと捉えられてしまい、振り返った瞬間にヤラれてしまうと感じた。
だがそれもまたハッタリ。
景文は人工的な脚力を使い、自身のスピードアップは可能なのだが、他人の――ましてや機械でできている人造人間の首は砕くことも切ることも出来ない。
四本腕もそれは既にお察し済みで、景文は自分を殺せないと思っているのだが、もし万が一があると考えれば迂闊には動けない。
「このまま振り返れば私は死んでしまうか?」
「さぁ? やってみれば?」
景文は四本腕をおちょくる。
四本腕が言葉通りに何か動いてしまえば景文の体は刹那の如く木っ端微塵になるであろうに。
「……ならば、お言葉に甘えて――」
「――!!」
四本腕は持っていた牛丼を床に落とし、それと同時に景文の両腕を背中の二本で掴み――景文の腕を破壊する。
「――ぎゃあぁぁ!!!」
景文は目から血が吹き出そうなほど叫ぶ。
いくら叫べど景文の両腕は関節を中心に砕かれ、捻じ曲げられ、流れる血色のオイルが腕から噴射し、やがて煙を催す。
「痛いか――?」
「痛いに決まってんだろ……」
「それがかつて俺が受けた痛みだ」
「だったらなんだよ。というか振り返ってねぇじゃねぇか」
「主との約束以外には興味が無い」
「クソッタレが……」
景文がいくら叫べど、両腕を潰す力は一向に弱まらない。むしろここぞとばかりに時間が経つととともに力は強くなる。
――無理だ。
景文は絶望した。
あの時逃げれば良かったと。
恐怖心に負けず、脳を正常に働かせて逃げるべきだったと。
景文は自分の心の弱さを呪った。
「あっけないな――」
四本腕はついに、もう二本の腕を背中に回す。
そして景文の心臓めがけて腕を伸ばし、景文の心臓を抉り出そうとする。
「終わりだ――」
四本腕は手を景文の体内までえぐりこみ、景文の電気心臓をガッチリと掴みこむ。
心臓はもう限界と主張しているほど煙を出して、時折軽く放電しており、いずれにしてももうすぐ死期が訪れているのだと四本腕は思った。
「――やめ……、ろ……」
「ここに来て命乞いとは……。俺のご先祖様とは思えない程みっともないな」
命乞いをする景文に対して、四本腕は当然景文の言葉を聞くこともなく――心臓を握りつぶす。
――バチン!!
ピンと張った糸がナイフで斬られるように、景文の心臓は――砕け散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます