タイプエタ
――何だあれは。
誰しもが口を開いた。
何でもない普通の牛丼屋にて、何でもない人間が特に目立った合図もきっかけもなく、突如として――人外に変わった。
「あ、ああぁ……」
その人外は背中の肩甲骨辺りから、腕が二本、生々しい粘液を少し纏いながら生えている。しかしそれ以外の部分、顔も身長も全てにおいて普通であった。
「かげふみは……、どこだ……?」
「――?!」
「裏切り者のかげふみは……」
「まだ生きてやがったのかよ……」
「――どこだぁぁぁ?!」
四本腕はほんの数秒前までは爽やかな笑顔であったにもかかわらず、かげふみという名前を口に出した瞬間にその顔は一瞬にして憎みの形相へと変わり、彼の叫びは皿やコップを爆発させる勢いであった。
その叫びに、景文と雪は一瞬目を逸らし、お互いの顔を見合う。
「――こりゃあやばいな」
「こいつって施設の警備ロボだったよね?」
「だった……か。……俺には今も施設に忠誠を誓っているように見えるぜ?」
「あぁ……。そうだね、だって――」
二人は向かい合うお互いの顔を見つめつつも、恐る恐る四本腕の方を見やると、人外は獲物を捉えた目で睨み返す。
うひっ! と雪が怯えながらも景文は一息ついて冷静となり、右足からゆっくりと踏み出した。
「――ちょ! 景文君!」
「雪は下がってろ。どうせお前がやっても壊されるだけだ」
「それはそうだけどさ! たぶん今の君じゃ私よりも役に立たないよ!」
勇敢な背中を見せる景文に対して、雪は心配がかった大声で景文を引き留めようとするも、足が震えて動かない。声を出すのが精一杯といったところだ。
「――ここで死んだら楽かな?」
景文は誰にも聞こえないような声量でボソッと呟く。しかし、そんなマイナス発言とは裏腹に景文は着実に一歩一歩前に進む。その姿は英雄と呼ばれていてもおかしくない。
だが、英雄あれば当然敵あり。
しかもその敵は現在の景文の力を大いに上回るステータスを保持している。
「――タイプメタ。お前は処分対象に入っている」
四本腕はまるでロボのように――いや、ロボではあるのだが、人間の姿をした生き物が出せるような声ではなく、機械から出された青年ボイスに少しノイズが混じった声を発する。
「お前、前回俺に負けてんだからノコノコと出てくんじゃねーよ」
「前回? そんな記憶はデータには無い」
「まじかよ。もしかしてまた脳を弄られたのか?」
「――脳? 私はただの栄光ある警備ロボだ」
「栄光なのにただの警備ロボなのか?」
「警備ロボはあくまで表面上のカテゴリーの話だ」
「そのカテゴリーから出きって無いってことはお前はそのレベルって話だよなぁ」
景文と四本腕は冗談混じりの会話を交わす。
だが両者共、口と目が別の人間かのように、本気の殺意が目に宿っていた。
「雪、お前は今すぐここを出て逃げるんだ」
「――何で?」
景文の良心込めた発言に対して、雪は即答で否定する。
「お前は俺よりも生きるべき人間だ。やるべきことを果たすべき存在だ」
「じゃあ尚更逃げられないじゃない」
「お前話聞いてた?」
「このまま一人で逃げたって、いずれはあいつに追いかけ回されて殺されるじゃん」
「……それって俺がこいつに負けるってことか?」
「それ以外何があるの――?」
雪もこの場に慣れてきて、すくんでいた足が次第に動くようになってきた。震える足で必死に立とうとテーブルに手をつきながら腕を軸に足を動かす。
「震えてんじゃん」
「震えるくらい何でもないよ」
何でもないならビビってんじゃねぇよと景文は思うも、内心ホットはしていた。
かつて自分が殺した相手。
しかし今は自分のほうが格下。
そうなれば、誰でもいいから他人の手も借りたくなるのは至極真っ当なことである。
雪と景文は二人合わせても、四本腕の少年の足元にも及ばない。かつての景文のハイステータスが存在していればまた話は変わっていたのかもしれない。しかしハイステータスを消したのは、他でもない景文自身なのであった。
「 ミスったなぁ――」
景文は後悔をつのらせる。
あと1メートル程までに接近した景文と四本腕。
景文は正直ハッタリをかましているだけで、この勇敢な威勢さはただの嘘。つまり、打つ手なしという訳だ。
「おい景文。震えているぞ?」
「――それはお前のほうだろ? ビビってんのがバレバレだぞ」
四本腕は心も体も微動だにせず、ただただその場に突っ立って景文の心を見透かしている。
一方景文は額に汗を流しながら何とか目だけは逸らすまいと、飛び出しそうな足を制御する。
――両者、いや、景文だけが、緊張感を肌から骨を通り心臓まで浸透させる。
「あの時みたいに負けるなよ。――タイプエタ」
「タイプエタは辞めてくれ。俺は元は人間だったんだからさ」
「――その記憶はまだあるんだな」
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