最初の敵襲


 景文は迷っていた。


「す〜……」


 某牛丼チェーン店に入店してかれこれ三十分。これにしようと思えば、こっちのほうがいいかもと、シェンロンにお願いする時かの如く迷っていた。


「こっちのマヨカレー牛丼もいいけど……、あ、こっちのキムチ激辛マックス牛丼もありかもなぁ……」


 景文は、まるでオモチャ屋さんに来た小学生のように、メニュー表を隅から隅まで確認する。

 そして、そんな自己中な景文を母のように見守る雪は決してイライラすることなく、景文の注文を待っていた。


「月に一度のご馳走だもんね〜、好きなだけ悩んでいいよ〜」


 景文と雪にとっては、牛丼なんて高級料理は毎日食べられるようなものではない。道端に落ちている小銭を拾い集めて、月に一回食べられるかどうかのレベル。一般人で言うところの、高給フレンチコースと同じである。 

 ならば当然、真剣に選んで後悔しない選択を取るべきであろう。


「う〜ん、これだな」

「お! 何にするの?」

「テリチーズ牛丼のミニと高菜味噌牛丼のミニだな」

「え?! 一人で二つ食べるの?!」

「あぁ。そうすれば大盛り牛丼一杯の値段で二つ味わえるからな。合理的だ」

「えぇ〜、景文君ごちそうの日も透かした感じなの?」

「当たり前だ。選択を間違えると痛い目を見るぞ」


 二人共注文が決まると、雪はすいませーんと店員を呼ぶ。すると、呼ばれた店員はちょっと嫌な目というか嫌悪感マシマシの顔で二人のもとに注文を取りに来る。周りの客も、何だこいつらという目で二人をみる。


 しかしそれは仕方ない。

 深夜の牛丼屋にボロボロの服を着た少年と少女がいるのだから。


 残業終わりで廃人のような顔のサラリーマンやホストやキャバ嬢。決して昼間に見るようなでは無いのだが、二人はその中でも際立って異様な雰囲気を醸し出している。


「えーっと、これとこれのミニと、これの大盛りで!」

「あ、はい……」


 注文を取りに来た若い店員は、本当にこいつらお金持ってんのか? という顔だったが、聞く勇気も無いため、言われた通りにオーダーをキッチンに飛ばすなりそそくさと厨房に戻った。


「やっぱり私達って変なのかなぁ……?」

「まぁそうだろうな」

「……」

「……」


 二人の間に沈黙が募る。

 景文と雪はこういう普通に触れた時は引け目を感じてしまう。

 普通を目指す二人にとって、目標とする世界に触れると自分の立場を理解させられるようで気が沈んでしまうのだ。


「はぁ〜、せっかくの今日がな〜んかブルーだよ」

「いつもはもっとブルーだからいいだろ」

「なんでそういう事言っちゃうのかな〜? そんなんじゃ女の子にモテナイぞ~」

「……モテるとかそんな贅沢興味ねぇよ」


 景文はそっぽを向き、またもや二人の間に沈黙が訪れる。すると、さっきまで気にもとめなかった周囲のヒソヒソ話が二人の耳に入る。


「あのさぁ知ってる? ロボット幽霊の話」

「え? 何それ?」

「あれだよ〜、ロボットの怨霊が夜な夜な人間を食ってるって話〜」

「なにそれ〜、マジうけんだけどぉ〜」

「噂では人の形をした鉄の塊が人間をねぇ〜――」

「ギャッハッハッハ――」


 嘘みたいな信じ難い話が続く。

 周囲の人々は馬鹿同士の幻想じみた会話としか見ていない。勿論本人ですら本当の事とは思っていなさそうな口ぶりだ。


「……なんだよあの会話」


 景文は珍しく他人の話に耳を傾ける。

 

「ん? 景文君はこういう噂話好きなの?」

「いや、そういう訳じゃねぇよ。ただ……」

「……ただ?」

「……何でもねぇよ」

「えぇ〜、お姉ちゃんに秘密はイケないよ?」

「秘密とかじゃねぇよ。ロボットって聞くと気になるだろ」

「なるほどね。気持ちは分からなくも無いかな〜」

「……でも俺達には関係無い話か。幽霊になるロボットなんて信じられねぇよ――」


 ロボットの話となると雪と景文は聞き耳を立ててしまう。それは自身もロボットだということから来るものだ。

 

「しかも人間を食うなんてそんな話あるわけねぇだろ。ゴミを美味しく食えるレベルだ」

「確かにそうだけどそれは私達が研究施設に居た時の話でしょ? もしかするとあれから更に研究が進歩して――」

「そんな訳ねぇだろ」

「――え?」

「あの時。俺達が施設を抜け出した時はもう既に研究は白紙に戻された。いや、戻したはずだ」

「それはそうだけどさ。研究が復活した可能性だってあるでしょ?」

「……そうだな」


 二人は更に気分が沈む。

 だがそんな時、二人の下にお待ちかねの牛丼が運ばれてくる。

 店員はおまたせしました〜と小声で二人に告げるながらテーブルの上に、牛丼を乗せたトレーを置く。


「おぉ! 来た来た!」

「……やっとかよ」


 雪は喜びを体を使って表現するのに対して、景文は相変わらず冷めた感じで口を動かすのだが、手は少しソワソワしていた。



 ――だが、その喜びは一瞬にして絶望に変わる。


「キャアアァァァァァァ!!!」


 店の中、先程までロボット幽霊の噂話をしていたケバいキャバ嬢達が悲鳴を上げる。

 景文と雪は悲鳴を聞くなり、声のする方向に目を向けると――。


「――な、なんで……」

「あいつ……」


 二人の目に入ったのは人間――ではなく、人間の皮を被ったロボットだった。

 そいつの見た目は黒髪センターパートのただの青年という感じで、特に目立つ事は無い――ただ一つを除いて。


 その一つとは――。


「腕が――四本……」





 








 

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