第11話

「敵襲!! 敵襲ーーーーーー!!」

「騒々しい! 何事か!?」


 ここは王城の中、王太子カインの執務室。

 現王が病に倒れてからは、彼とその側近の近衛騎士たちにより実質的に王国の方針を決める、まさに王国の中心となっている。

 当然、参加できる人間は限られており、今や大臣ですら事前に約束が無ければ入れない、いわば王太子派の独壇場となっていた。

 だからこそ、返答も待たずに唐突に入ってきた兵士に対して、会議中の側近たちから厳しい目が向けられた。

 ――兵士の言葉の意味を理解するまでは。


「敵襲だと? バカな」

「今や飛ぶ鳥を落とす勢いの我が国に、一体どこの国が攻め入る気概があるというのか」

「誤報に決まっている」

「おい貴様、気は確かか? 事と次第によっては打ち首では済まんぞ?」

「ち、違います。敵は他国にあらず、内乱です!」


 自分よりもはるかに身分が上の騎士たちの言葉に冷や汗が止まらない兵士だったが、それでも役目には忠実だった。


 ピクリ


 そして、兵士の伝令に唯一正しく反応したのは、この部屋の――この王城の実質的な主である、王太子カインその人だった。


「内乱だと? 詳しく話せ」

「殿下、お気になさることはありません。直ぐに追い払いますゆえ」

「……少し黙っていろ、アテルス。俺は今、そこの伝者と話しているのだ」

「は、ハッ!! 失礼いたしました!!」

「わかればいい。そこのお前、続けろ」


 前半は側近の一人へ、後半は兵士へ、カインは短くも威厳のある声で報告の続きを促した。


「ハッ! 敵はすでに四方から城壁を包囲、そのうち三方は赤青白の三大騎士団の旗、残りの一軍は詳細不明ですが、装備のばらつきから複数の傭兵団からなる連合軍の可能性が高いとのことです!!」

「そうか、報告ご苦労」

「ハッ! 失礼いたしました!」


 緊張と興奮で体を震わせながら去っていく兵士を見届けてから、カインは側近たちを見回した。


「何をしている、さっさと敵の情報を集めて来い」

「「「ハッ!!」」」


 カインの言葉を聞き違える者がこの場にいるはずもなく、側近たちはすぐさま状況を把握するために一斉に執務室を後にした。

 ちなみに、誰一人その場に残ろうとしなかったのは、彼らがカインの性格をよく把握しているからに他ならない。


「…………おのれ、反逆者どもめ」


 爆発寸前だった怒りを、その言葉を小さく吐くだけで抑え込んだことは、まさにカインの意志の強さの賜物だった。

 もしその場に誰かが同席していたら、言葉の代わりに剣が抜かれて哀れな犠牲者が出ていたことだろう。


 そうしてカインはゆっくりと怒りを鎮めた一時間後、できうる限りの手段で情報をかき集めてきた(荒っぽいやり方も含めて)側近たちが示し合わせたかのように戻ってきて、詳細な状況が明らかになった。


「やはり反旗を翻したのは三大騎士団すべてで間違いありません」

「四方の跳ね橋の封鎖に成功しました! これで奴らは堀を乗り越える以外に城内に侵入する手立てを失いました!」

「傭兵団の方も精鋭です。少なくとも、ヨング、ヘーデンツ、アガルシャの参加が確認できました」

「敵の総勢は約五千」

「幸い、王城内で警備と訓練にあたっていた近衛騎士団が総勢千。さしあたっての籠城には支障ありません」

「どうやら傭兵の雇い主は例の商人どもの組織、同盟のようです」

「同盟? 今、同盟と言ったか?」


 気になるワードを耳にして、側近の報告を途中で遮るカイン。

 反逆という特殊な状況とはいえ、いつもとは様子が違う主に違和感を覚えつつも、最後に発言した側近が大きく頷いた。


「はい。三大騎士団は現在規模を縮小中なので、あれほどの傭兵を雇う資金力はありません。さらに物見からは、傭兵共の後方に非武装の集団を発見したと報告が入っております。その中の数人の顔が――」

「同盟幹部のものだった、というわけだな」

「は、その通りでございます」

「そうか……」

「王た――」


 瞑目して考え込むカインに話しかけようとした側近の肩を別の騎士が掴んで制止する。

 長いようで一瞬に思えた重苦しい沈黙の時間は、執務室の主の眼が開かれたことで終わりを告げた。


「打って出るぞ。籠城に活路はない。直ぐに門の守護以外の全騎士を集めろ」


 カインのこれまでの強引な命令の数々に慣れ切った側近たちも、これには驚きを隠せなかった。


「お、お待ちください! 王太子が何かを察せられたのは理解しました。ですがどうか、我らにもそのわけをご教示ください!」


 自分たちの保身のためではない、あくまでカインの元で十全に働くためだと自分に言い聞かせながら、別の側近が決死の覚悟で問いかけた。


「答えたくないわけではない。ただ単に、その時間がないだけだ」

「それはどういう――」


 側近たちはそれ以上、カインと会話を続けることができなかった。

 問答している場合ではないと、次に飛び込んできた伝者の声で、これ以上ないほど理解させられたからだ。


「伝令! は、跳ね橋が、四方の跳ね橋が下ろされていっています!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る