第10話
「結果は私たちの予想通り、御三方から快諾をいただきました。そこで、三大騎士団と私たちの伝手を使って密かに傭兵を雇い入れ、王都周辺の村々に潜ませております。その総数は、敵である近衛騎士団のざっと十倍。ここ最近急激に戦力を増強してきた近衛騎士団とて、これにはひとたまりもありますまい」
「あ、あなたたちは……」
「アベル殿、どうか最後まで話をお聞きください。もちろんここまで大規模な準備をすれば、しかるべき王宮の役人にも情報が伝わってしまうことは分かっております。しかし、カイン王太子のやり方についていけないのはこれまで王国の内政と外交を司ってきた王宮とて同じことです。昔から何かと
最高幹部の老人の言葉と、それ以上に決死の覚悟を漂わせる参加者たちの表情を認めたアベルは、やや間をおいてから口を開いた。
「……そうですね、どれだけ商売に専念しようとも、同盟が行き着く先は結局反逆しかなかったんですね。わかりました、貴方たちが生贄になれと言うなら、僕は同盟盟主としての責任を全うしましょう」
「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、……どうやらまた、持って回った言い方でアベル殿を勘違いさせてしまったようですな」
「え……」
「先ほども言いましたが、アベル殿あってこその同盟、そしていまや同盟なしに王国は立ち行かない。だからこそ、王家に対して弓を引くかどうかの判断はアベル殿に委ねたいのです」
「でも、聞いた限りでは、いずれ王家に反逆の準備が露見することは避けられないのでは?」
「はい、実際に兵と武器は動いているのですから、秘密の保持には限界があります。ですが、その時は若いアベル殿を差し置いて我々だけで仕組んだと言えばそれで済むこと。王国の未来を憂いた時から、いざという時の覚悟はできております」
最高幹部の老人の言葉にハッと気づき、室内を見渡すアベル。
その視線が捉えたのは、目の前の老人と同じ表情でアベルの目を見つめる同盟幹部全員の姿だった。
「……ありがとうございます、僕のことをそこまで信頼してもらって。――正直、王家を打倒するなんて選択肢は、僕の中には微塵もありませんでした。同盟を設立したのは、あくまで品不足にあえぐ皆さんの状況を少しでも良くしたかっただけに他なりません。孤児院出身の僕ができるのはみんなの声をよく聞いて商売に生かす、それだけだと思ってきたし、これからもそれは変わらないでしょう」
柔らかい口調であると同時に固い信念を覗かせるアベルの言葉に、計画の失敗を覚悟する幹部たち。
「ですが、皆さんは僕あっての同盟と、そこまで僕のことを信頼して、反逆の準備までしておきながらその是非を委ねてまでくださいました。ならば僕もそれに対してこう答えましょう。同盟が、僕が今ここにいられるのは皆さんのおかげ、皆さんあっての同盟なのだと」
「おお、それでは!」
思わず席を立とうとする最高幹部の老人を手で制するアベル。
「ですが、その前に一つだけ聞いておかなければなりません」
「何なりと」
アベルの問いかけに即答で返す老人。
その反応に頷いたアベルは質問を続けた。
「恐れながら、現国王陛下は危篤ともっぱらの噂です。王宮から洩れ聞く話では、状態が持ち直したとしても、もはや政務に復帰するのは難しいとのこと。だとすると、カイン王太子を取り除いた場合、王家の血が途絶えることになります。それではたとえ反逆が成功したとしても、民が納得しないでしょう。今回の計画でその点はどうなっているのですか?」
アベルの疑問に、同盟幹部たちの間でも当惑が広がっていく。
古今東西、大義名分なしに革命反乱の類いが成功したためしはない。
普段名よりも利ばかりを追い求める商人にとって、完全に盲点だったらしい。
だが、今も王都商人の実質的な顔役を務める、最高幹部の老人の表情は落ち着き払っていた。
「心配いりませぬ。実はさる信頼できる筋から、隠された王家の血筋についての情報を得ております」
「その言い方だと――いまはその方の名も居場所も明かせないということですね?」
「申し訳ありません、先方とは、しかるべき時まで秘匿すると約束がございまして――」
「そのしかるべき時とは、計画が成功した時、と考えていいんですね?」
「はい。その時には、情報源の人物の正体と共に、王家の方の名と居場所を明かしてもらえる、そういう手はずになっております」
その老人の言葉を聞いたアベルは目を閉じて、じっと考え始めた。
その決断をひたすら待つ幹部たちは一言も発しない。
やがて、ゆっくりと目を開いたアベルは決然とした表情で静かに告げた。
「すでに後戻りできないところまで準備が進んでいる以上、これ以上時間をかけるのは愚策でしかありません。実際の段取りは全て皆さんにお任せします。今すぐに決起に向けて各々の仕事に取り掛かってください」
眩しいほどの威厳を感じさせるアベルの決断に、黙礼で返答した同盟幹部たちは、そのまま一言も発さずに部屋を出ていった。
それを見送ったアベルは、
「それでは僕も、自分の商会へと戻って支度を整えます」
「承知しました。すべての準備が完了したら迎えを送ります」
そう言って部屋を出ていくアベルを、ただ一人部屋に残った最高幹部の老人が見送る。
(これで、これでいい。ようやくあの日の誓いを果たせそうですぞ、○○○殿――)
老人の声にならない呟きは、がらんとした室内の空気にひっそりと溶けて消えた。
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