第9話
「さてみなさん、今回会議の場を設けたのはみなさんからの要望があったからと聞いています。現状の把握はこれくらいにして本題に入りましょうか」
アベルの言葉に、沈黙したまま視線のみで互いの意思を確認する幹部たち。
やがて意見の一致を見たようで、アベルの隣に座っていた最高幹部の老人が口を開いた。
「アベル殿、最前の報告の通り、王国経済は未曽有の危機に瀕しています。王国内では多くの戦死者が出て労働力が激減し、無秩序ともいえるカイン王太子の侵攻によって周辺国との関係も王国史上最悪と言われております。それでもまだ王国の体制が維持できているのは、カイン王太子が軍を率いて以降一度も負けたことがないからです。ですが、それは言ってみれば内需の不足を他国から奪い取って補っているにすぎず、一度でも戦で敗れれば内と外の両方からの王国の崩壊という、最悪の結末を招くことでしょう」
「それは、同盟の結束力をもってしても抗えませんか?」
わずかに声のトーンを落としつつも落ち着いた様子で質問するアベルに対して、最高幹部の老人は首を振った。
「確かにアベル殿の尽力で同盟は、以前の三倍の収益を上げることができるようになりました。しかし、それはあくまでこれまで無駄にしてきたものをすくい上げたにすぎず、実際に荷の総量が増えたわけではありません。やはり、平時の国内生産と他国との交易の双方を再開できなければ、いずれ同盟内でも不渡りを出す商会が出てきましょう」
「……困りましたね。とはいえ、僕にできるのは人に会ってお願いすることだけです。王国内で活路が見いだせないなら、やはり他国へ赴いての交渉に望みをかけるしかありませんね」
そう言いながら、明日からのスケジュールを頭の中で確認し始めたアベル。
王国の経済界の大物となった今でも謙虚な姿勢を崩さない若者に、好意の視線を向ける同盟幹部たちだったが、それとは別に、どこか戦に臨む戦士のような面持ちも含んでいた。
「アベル殿、実はアベル殿には内緒で他の者たちと話し合ったことがあるのですが――」
「何でしょうか?」
口火を切った隣の席の老人に、邪気のない瞳で問いかけるアベル。
だがその一方で、先代会長から仕込まれた商人の勘が、室内に充満した只ならぬ雰囲気を感じ取っていいた。
「もしかして、盟主の交代を要求したいのですか?確かに、同盟のシステムが軌道に乗った以上、誰が盟主をやっても最低十年は十分に機能できるように、要所要所に人材をあてがってあります。それが皆さんの総意なら、僕は喜んで身を退きますよ」
「そんな!?」「滅相もない!」「アベル殿あってこその同盟ですぞ!」
「彼らの言う通りですアベル殿。アベル殿あっての同盟、この大原則が揺らぐことは決してありません」
「そうですか、こんな若輩者にそこまで思っていただけるなら、僕のできる限りでこれからも同盟に貢献していきたいと思います」
その言葉に、最高幹部の老人を含めた全員が安堵の吐息を漏らす。
だが本題はここからと気を引き締めなおした老人は、改めてアベルに向き直った。
「アベル殿、アベル殿はカイン王太子のことをどうお思いですか?」
「……そうですね。剣技、魔法、軍才に優れ、快活な性格で、特に近衛騎士団や民に人気のある御方だと思います。古の時代の覇王とはあのような方のことを指すのでしょうね」
「これは聞き方を間違えたようですな。では、はっきりとお伺いしましょう。アベル殿はあのカイン王太子が、次代のトーラ王国を背負って立つにふさわしい御方だと言い切れますかな?」
「それは――」
反逆ですか? と、アベルは言葉を続けることができなかった。
カインの拡大政策によって一番被害を被っているのは、アベルたち商人だ。
王宮や軍からは事あるごとに徴発の標的にされるし、民衆からは物価の高騰の元凶呼ばわりをされて打ちこわしの被害に遭った商人も何人か出ている。
いち早く王国の経済危機を察したアベルは、同盟を立ち上げて彼らの破産を防いだが、それもいつまでもつか分からない。
このままいけば遠からず王国そのものが破綻する。
その確信があるこの部屋に集った商人たちが、カインの王位継承に疑問を持つことは至極当然のことだった。
「真に僭越ながら、私たちの一存で三大騎士団の各団長にそれとなく話を持ち掛けてみました」
「――っ!?」
唐突すぎる老人の言葉に、さすがのアベルも温和な顔を崩さずにはいられなかった。
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