第26話  パーティークラッシュ

 中立派の貴婦人たちは本日欠席するため、離宮の庭園で開かれたパーティーには、王家派、貴族派の貴婦人たちが出席する形となったのだ。


王家派筆頭のバルフュット侯爵令嬢コンスタンツェと、貴族派筆頭のエンゲルベルト侯爵令嬢カロリーナ。二人の令嬢が派閥に所属するレディたちを集めて、今後は一致団結をして王太子妃カサンドラを支えていこうという表明の場であり、最後の招待客を出迎えた二人はシンと静まり返る会場を振り返って顔を見合わせたのだった。


 本日、あえてこの集まりに参加をしたレディは62名となる。母と娘で参加をしている場合も多く、六人まで使用することが出来る最高級のテーブルは20も用意されていた。参加人数よりも多い席数は、急遽欠席することになった人物の存在を明るみにするものであり、余分に用意された席は60近くもあるようだった。


本日の参加者は庭園が一番よく見える離宮の近くに広がるようにして用意されており、何処に座るのかは決められている。そのため、侍従に案内されている間ははしゃいだ声をあげる貴婦人もいたのだが、巨大な日傘の下に入って席に座るなり、黙り込んだまま無表情となって前を向く。


 心地よい風が吹き抜けるたび、傘にぶら下がる房糸がサラサラと揺れる様が美しい。鳳陽式の茶会では色鮮やかな菓子や最高級の果物が用意されているのだが、誰も手を出すことなどしなかった。


 コンスタンツェとカロリーネは、学園時代に同じクラスだったレディたちと同席する形としていたのだが、そのレディたちも視線を下に向けながら二人を見ようともしない。


 パーティークラッシュでは主催者の意志に反することを示すため、一斉に用意された茶菓子を床にぶちまけたり、お茶を床にこぼすなど、やり方は様々あるのだった。突然、誰かが歌い出すと、それぞれが勝手に好きな歌を歌ってパーティーを潰すこともあるし、主催者の夫と深い関係にあった女性たちを集めて嫌がらせをした上で、参加者がそれを高みの見物をするなど、枚挙にいとまがない。



 今回とられたのはパーティークラッシュの方式は『無視』だった。王家主催ということもあって、菓子を捨てたり、何かを壊したりといった行為は、後々、咎められることもあるだろう。その為、被害が発生することはないものの、主催者に精神的ダメージを与えることが可能な無言を貫く方法をとったということになる。


 この方法であれば、何故あんなことをしたのかと問われた際には、

「みんなが黙り込んでいて、怖くて声なんか出せなかったんです」

 とでも答えれば良いし、気弱なふりをすれば尚更良いだろう。


 今回のパーティークラッシュに対して、王立学園に通っている生徒ほど参加に渋る様子を見せた。中には、

「殿下の怖さを分かっていない」

 と、言いだす者もいたらしいのだが、

「大袈裟すぎるわよ」

 と、世代が違うレディたちは相手にもしなかったらしい。


 そもそも、今日のパーティーには王妃も王太子妃も参加はしないのだ。


 王太子妃となったカサンドラは、重要なパーティーを友人に丸ごと任せている時点でやる気がないにも程がある。そんなやる気がない人間が代理に全てを任せてしまったパーティーに何の意味があるというのか。


 今後は力関係から見ても、落ち目のエンゲルベルト侯爵家を押しのける形で、イグレシアス伯爵家が筆頭になるのは間違いない。バルフュット侯爵家も、まだまだアマリア夫人の天下は続くだろう。だとするのなら、これから王国の社交をアマリア夫人とイシアル夫人、二人の夫人が掌握することになるのだろう。


「この果物は遥か鳳陽にあるライチという果物で、かの皇后様も愛する貴重なものとなりますの」

「美容にも良いとのことで、王妃様も好んでお食べになるため、我が国でも栽培を始めたのです」


 コンスタンツェやカロリーネが二人で盛り上げようと話を振ってみても、答える者は誰もいない。空中に飛んで消えていく言葉に反応することなく、六十二人の貴婦人たちは無表情のまま黙りこんでいた。


「皆様、このお茶は東国より輸入した特別なもので・・」

「このお菓子も牡丹をあしらったものでございますのよ?美しいでしょう?味もとても美味しいのですよ?」


 六十二人の貴婦人たちは椅子に座り、無言のまま正面を向いているのだが、中には嘲笑を浮かべながら会話を空回りさせるコンスタンツェとカロリーナを見つめている貴婦人もいるし、アマリアやイシアル夫人に視線を向ける貴婦人もいる。


 今回のパーティーではクラッシュ行為をすることで、62名のレディが意思表明をすることになったのだ。コンスタンツェやカロリーナを認めないということは、王太子妃となったカサンドラをも認めない。


 そもそも、商売を発展させる者こそがどんどんと裕福になっていき、怠惰で傲慢なままの貴族たちが損を見るというような国作りを始めようとするカサンドラ妃に対して、多くの貴族が不満に思っているのだ。


 ここでカサンドラ妃には痛い目に遭ってもらって、しばらくの間は大人しくしておいてもらいたい。それが大多数の貴族の意思でもあるので、今回の茶会については、アマリア夫人、イシアル夫人という二人の貴婦人の意思に皆が従う形となったのだ。


 コンスタンツェやカロリーネは、自分たちの瑕疵を少なくするために、あえて『鳳陽方式』での茶会としたのだろう。彼女たちが保身に走るのも良く分かる、なにしろ王太子妃がやる気がない人なのだから、それは仕方がないことなのだろう。


 だけど、今回のパーティーを鳳陽方式にするとして、衣装まであちらのもので揃えるのは明らかにやり過ぎだった。王妃様がわざわざライチを手配してくれたということを公言し、王妃様の庇護下にあるということを声に出して示しているのだろうけれど、その行為ひとつで、王妃様を大きく傷つけていることに何故気付かない?


「「「くすくすくすくす」」」

「「「「クスクス」」」」

「「くすくすくすくすくす」」


 含み笑いが次第に大きくなり、給仕のために控えていた者たちの顔がどんどん青くなっていく。失敗がすでに決定しているパーティーに王妃様をかかわらせたのは悪手中の悪手、しかも王妃様の名を出すこと自体が不敬にも取られかねない行為だ。


 これほど大失敗をした二人の令嬢は、今後、王国の社交に顔を出すことなど出来なくなるだろう。なにしろ、王家派・貴族派筆頭の令嬢たちは、傘下の貴族たちを本来は纏めなければならないというのに、六十二人全ての参加者にそっぽを向かれてしまっているのだから。


 大多数を敵に回した令嬢の未来は暗い。この危機的な状況を脱するためには、自分たちを無視する六十二人の貴婦人たちの仲間入りをするより他ないと言えるだろう。

だとするのなら、このパーティーの真のリーダーであるアマリア・カルバリル伯爵夫人とイシアル・イグレシアス伯爵夫人に二人が頭を下げない限り、パーティークラッシュは終わらない。


ここでコンスタンツェとカロリーネが頭を下げれば、社交の主人は二人の貴婦人なのだと認めたことになるだろう。家を巻き込んだ話になるのは間違いない事実であり、特に貴族派であるエンゲルベルト侯爵家は、カロリーネが格下のイグレシアス家に頭を下げたのが原因で、貴族派筆頭の座を降りることになるかもしれない。


 これは歴史的瞬間に立ち会っているのではないかと、くすくす笑いを続ける貴婦人たちは心弾む思いでいたのだった。


 クラルヴァイン王国では、社交は妃が取り仕切ってきたのだ。その歴史が、やる気がない王太子妃カサンドラの所為でひっくり返ろうとしている。


 カサンドラが最初からやる気を出して社交に取り組んでいたら、こんなことにはならなかっただろう。側近二人を巻き込んだ形で、王国の社交から爪弾きに遭うこともなかっただろうに。ああ・・王太子妃様さえやる気があったのなら・・


 誰もがそんなことを考えていた頃、

「カサンドラ王太子妃殿下のご入場でございます」

 扉前に控えていた侍従が高らかに声をあげたのだ。

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