第25話  トップレディの勝算

 バルフュット侯爵には妹が居る。カルバリル伯爵家に嫁ぐことになったアマリアは、兄の妻が亡くなったことで、王家派を率いるトップのレディとして躍り出た。


 たった一人の妻を愛し続けた兄のマルティンは、周囲がいくら再婚するように呼びかけても首を縦にはふらなかった。侯爵家当主が再婚をしないのであれば、妹のアマリアが傘下の貴夫人たちをまとめるしかない。


 クラルヴァイン王国は王家を支持する王家派と、貴族たちの力で王国を支えようと考える貴族派があり、どちらも甘い汁をより多く吸おうと企んでいる。


 自分たちがより甘い汁を吸うことが出来るのならば、平民たちにより大きな負荷をかけても良い。それが貴族のやり方だったはずなのに、別のやり方を提唱し出したのが中立派の貴族たちということになるのだろう。


 新大陸を植民地としたことにより、クラルヴァイン王国は目に見える形で豊かとなった。だったら新大陸から搾り尽くすだけ搾りとって、豪勢な生活を送り楽しもうと考えるのが貴族の本懐であるというのに、中立派の貴族たちは新大陸からもたらされる物資を元に商売を手広く行う道を選んだのだ。


 国内では到底手に入らない絹織物を手に入れられるのは嬉しい、素晴らしいレースをスーリフの高山都市から仕入れられるようになったのも嬉しい。だけれども、今まで平等に甘い汁を啜ってきた貴族たちに貧富の差が出来上がるのは嬉しくない。


 そのうち貴族同士の話ではなくなり、平民どもが台頭して来たのだ。商売で成功さえすれば平民であっても金持ちになれる?王国内に外国人街が出来あがった?その外国人街に集まる人々が富を貪り始めている?


 平民も、外国人も、全てはクラルヴァイン貴族のために、等しく這いつくばって働き続けるべきなのだ。平民どもが金持ちとなって豊かに生活するなどもってのほかだ。豊かな生活を傍受できるのは貴族だけであるべきなのだ。誰も彼もが金持ちとなって甘い汁を吸い続けることなど不可能なのだから、後進となる貴婦人たちにはきちんと教育を施さなければならない。


「おばさま、今日はようこそお越しくださいました」


 今日は王太后が昔利用した離宮の庭園でガーデンパーティーが行われることになる。今回はやる気がない王太子妃に代わって姪のコンスタンツェがパーティーを仕切ることになっているのだ。


「こちらは、私の友人のカロリーネ・エンゲルベルト嬢でございますわ」

「はじめまして、エンゲルベルト侯爵家が長女、カロリーネと申します」


 貴族派筆頭となるエンゲルベルト侯爵家は投資に失敗をして、今では落ち目と言われる。コンスタンツェがアマリアに紹介してきたカロリーネ嬢は、新緑の瞳を持つ、妖精のように儚げで美しい令嬢だった


 パーティー会場では顔を見たことはあったけれど、違う派閥に属しているということもあって、直接挨拶をするのは今日が始めてのこととなる。


「こちらこそ、はじめまして。今日のパーティーは王太子妃殿下に代わってお二人で用意されたとお聞きしているのですけれど・・」


 王太后の庭園には、百花の王とも呼ばれる牡丹や芍薬の大花が、紅や白色に彩られた花弁を広げて咲き乱れている。本来、ここでパーティーを開くことが出来るのは王族のみに限られる。二人が主催として挨拶をしているのも、カサンドラの代理として許されているから。


「まあ・・非常に個性的な・・」


 年若い二人の令嬢が作り上げたと思われるガーデンパーティーは、遥か東に位置する鳳陽国の文化を取り入れた異国情緒あふれるものとなっていた。朱色に染まった大きな日除の傘が各テーブルに配置されており、紅色の房糸が風に流されて揺れている姿が美しい。


「あら、この傘、紙で出来ているわ!」

 すでに会場に入っていた令嬢の一人が、物珍しそうに大きな傘に触れている。


 驚くべきことに、会場に配置されている給仕の女たち全員が、膝の下までの長さの胴回りにゆとりがあるチュニックに男のようなズボンを履いている。色鮮やかな生地に美しい刺繍が施されており、異国情緒溢れる会場にその姿は似合っているのかもしれないが、その衣装を着ているのがクラルヴァイン人となるのだから、アマリアには不恰好にしか見えなかった。


 用意されたテーブルも椅子も鳳陽式のものであり、椅子の背もたれには緻密な牡丹の花が彫刻されており、座面にも鮮やかな牡丹が刺繍されている。テーブルの中央に嵌め込まれたガラスには何かの物語の一場面なのだろう、異国の男性と女性が手に手を取って見つめ合う姿が描かれている。


 テーブルの上には鮮やかな牡丹の花が形作られた練り菓子、宝石のように輝くゼリー菓子、赤紫色のゴツゴツとした果皮に包まれたライチが用意されている。


 このライチは鳳陽の皇后が愛する果物で美容にも良いとされており、最近、王国でも栽培を始めたと言われるものである。そのライチが山のように用意されているのを眺めたアマリアは、思わずその場で笑い出しそうになってしまった。


 おそらく、主催となる二人の令嬢は、今日のパーティーがクラッシュされるという噂を聞いたのに違いない。パーティー潰しはごく稀に行われることではあるが、実は特別珍しいものではない。長く社交に関わっていれば、誰しも一度や二度はその目で見ていることだろう。


 カサンドラからパーティを丸投げされたコンスタンツェやカロリーネとしては、何としてでもパーティークラッシュは阻止したいし、なるべく穏便に貴婦人たちをまとめたいと考えているのだろう。だからこそ、珍しくも貴重な果物まで無理を言って用意した。ライチを準備するのに王妃様が関わっているのは間違いない事実なのだから。


「ふっ・・ふふふ・・」

 思わず耐えきれずに口から笑いが漏れ出てしまう。


 二人の令嬢が鳳陽式の茶会を用意したのは、例え、パーティークラッシュが起きたとしても、それは貴婦人たちが『鳳陽式』を気に入ることがなかったからと言うためだ。常識的なパーティーを用意して潰されたら、自分たちに問題があったと追求されることになるけれど、それが普通からは逸脱したパーティーであれば、問題は『鳳陽の文化』にあると言うことが出来る。


「まあ、あのお二人はコルセットを着用されていらっしゃらないのね?」

「体のラインがよく分かるドレスを着るなんて・・」


 パーティーの問題点を『鳳陽の文化』に挿げ替えるためとはいえ、服装までコルセットなしのものにするのは大きな間違いだ。女性の腰は細ければ細いほど美徳とされており、その腰の細さを強調するために、あえてスカートはトリノリンを利用して膨らませるのだ。あのように、薄っぺらで張り付くような服を着るなんて、我が姪ながら恥ずかしいにも程がある。


「アマリア様の方が早くに到着なさっていたのね?」

 振り返ると、笑いを懸命に堪えているような様子のイシアル・イグレシアス夫人が声をかけてきた。


 テーブルは王家派、貴族派で分かれているため、別のテーブルに案内されることになったものの、アマリアにとってイシアル夫人は、今日のパーティーをクラッシュさせるための相棒のようなものである。


「クラッシュされないための悪あがきだとは思うんだけど、いくら子供の考えにしても幼稚過ぎるわよ」

 顔を寄せてきたイシアルが扇で顔を隠しながら、さもおかしそうに言い出した為、アマリアも扇で顔を隠しながら小声で答える。


「相手が馬鹿な娘たちだからこそ、私たちもやり易いというものよ」

「ええ、本当に」


 王妃は今後の王国の社交をカサンドラに引き継がせるつもりのようだが、社交の手綱はあくまでもアマリアとイシアルで握ることとして、年若い令嬢たちにはしばらくの間は場外へご退場願おう。それだけの力が、間違いなく二人の貴婦人にはあるのだから。


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