第27話 続けられる無視行為
離宮の扉がゆっくりと両開きに開くのを眺めていた一同は、ぴたりと笑い声を止めて立ち上がり、恭しくカーテシーを行った。未だに神の御前での誓いの式は挙げていないものの、書類上はすでに王太子妃となっているカサンドラは大勢の侍女を引き連れた状態で現れた。
王太后が愛したとされる藤紫色で染め上げた総レースのロングドレスは、スーリフ中央にある高山都市から輸入したレースで作られる最高級のものだ。胸下の大きなリボンがアクセントとなっており、ゆったりとした美しいドレスがお腹の大きさを目立たなくなるように工夫がされているのだった。
今まで見たこともないような美しいラインを作り出すドレスを身に付けたカサンドラは黄金の髪を高々と結い上げており、彼女が王太子の妃であると認められた証として、銀色に輝く小ぶりのティアラが載せられている。
紅玉の瞳を細めたカサンドラは皆に顔をあげるように鷹揚に告げると、自らも用意されたソファに腰を下ろしながら、皆にも座るように促していく。
ここに集まった六十二人の貴婦人たちは、誰かにエスコートをされることなくカサンドラが登場したことに心の奥底から安堵した。体調不良のためパーティーには出席しないと言われていたのだが、王太子妃は王家主催のガーデンパーティーに顔を出した。だとしても、王子はエスコートの為に現れてはいない。
いくらやる気がないカサンドラであっても『パーティークラッシュ』の噂を聞きつけて、黙っている訳にはいかなくなったということだろう。
王妃と国王は公務の為に王都を離れているし、王太子であるアルノルト王子も、不穏な動きを見せる外国籍の船を監視するために、早朝から船で海に出ているのを確認している。つまり、今現在、王宮に居るのはアルノルトの二人の妹姫だけという状態のため、カサンドラは王宮内で孤立無縁の状態だと言えるだろう。
六十人の貴婦人たちは腰を下ろすと、一瞬、探るような視線を周囲に向けた。腰を下ろしたアマリアとイシアルは黙したまま、無表情で前を向き続けているため、自分たちもそれに合わせて前を向く。カサンドラ妃が現れたとしても、まだ、正式に結婚式も挙げていない新参者である。恐れるに足りずと判断した貴婦人たちによって、六十二人の沈黙は続けられることになったのだ。
カサンドラ妃はどう出るつもりなのだろうか?
無表情を貫きながら、貴婦人たちは興奮を押し隠すのにそれなりの苦労をすることになったのだ。
クラルヴァイン王国にとって王家は至高の存在となる。その王家に嫁いだばかりの妃はどういった反応を示すのか?こちらに媚びを売るような発言をするのか?はたまた、無視を決め込む六十二人に対して無礼であると激昂するのだろうか?
どんな態度に出たとしても、恐れる必要はない。カサンドラが単身でパーティーに乗り込んだということは、これからいくらでも彼女を陥れることが出来るのだ。六十二人の沈黙は、カサンドラには従わないという貴婦人たちの意思表示だ。六十二人の貴婦人たちをまとめ上げることが出来ないのであれば、それはカサンドラが王太子妃として失格であることを意味することになるだろう。
パーティーに参加をした貴婦人たちは、王家がカルバリルの産婆を招いた時点で、カサンドラの腹の中の子の命が風前の灯火となっていることを理解している。
社交を取りまとめることも出来ずに、腹の中の子も流産したとなれば、多くの下級貴族たちを足で使うと言われているカサンドラ妃であっても、心が折れるほどの衝撃を受けることになるだろう。
カサンドラ妃が王太子妃として相応しいのかと疑問の声が上がるだろうし、貴族たちの意思を無視し続けることが難しくなった王家は、王太子を離縁させることになるかもしれない。
そうしてカサンドラが排除されれば、多くの貴族が我が世の春を享受することが出来るようになる。平民たちは搾取されるだけ搾取され、甘い汁を貴族階級の人間のみが吸い続ける。外国籍の人間は排除をして王国民だけが住み暮らす。貴族以外は絶対に台頭出来ない国作りを貴族主導で行っていくのだ。
さあ、カサンドラ妃、いったいどういった手で貴女は打って出るの?
無言のまま背筋をピンと伸ばして前を見つめたままの貴婦人たちが興味津々となって耳をそば立たせていると、王太子妃カサンドラは、嘆くでもなく、泣き喚くでもなく、二人の令嬢に対して、
「報告してちょうだい」
と、命じると、妖精のように美しく儚げな印象のカロリーネ嬢が立ち上がり、恭しく辞儀をしながら言い出したのだった。
「王太子妃殿下には、貴族派筆頭であるエンゲルベルト侯爵家として、ご報告をさせて頂きます」
カロリーネが筆頭と言い出した為、貴族派の貴婦人たちの心臓がドキリと軽妙に飛び上がったけれど、今回のパーティーの無作法を問われたところで、何の問題もないと腹を括って前を向く。そんな貴婦人たちを見回したカロリーネは、イシアル・イグレシアス伯爵夫人の方へ視線を固定させながら言い出した。
「我が貴族派に所属していたアイスナー伯爵家が麻薬の密売をしていたということは記憶に新しいことと思いますが、この度、イグレシアス伯爵家もまた、麻薬の密売に関わっていることが判明した為、ここにご報告させて頂きます」
カロリーネは侍女が渡してきた書類の束を、ソファに座るカサンドラに差し出しながら言い出した。
「私たちが学園に在学中、アイスナー伯爵令嬢は学園内での麻薬の売買に手を出しておりましたが、今現在も、麻薬の後遺症に悩む生徒は多いのです。バルフュット侯爵領にあるカレの港に出没する海賊たちが運んでいたのがオピの麻薬であった為、王国内に麻薬に関わる貴族が居るのではないかと調査を開始しましたが、結果、我が貴族派の貴族たちが麻薬を常用しているということが判明したのです」
ここでいきなり『麻薬』の言葉が出てきた為、息を飲み込み、驚きの声をあげる貴婦人たちがいた。
「仲介人を複数挟んでの売買だったようですが、我がエンゲルベルト家が威信をかけて調べたところ、ようやく元締めとなる貴族が判明したため、現在手続きも済ませて家宅捜索を始めているような状況です」
「その元締めとは誰なの?」
カサンドラの問いにカロリーネは神妙な面持ちで答えた。
「イグレシアス伯爵家にございます」
カロリーネの爆弾発言に、
「嘘よ!そんなの嘘!嘘を言わないでちょうだい!」
イシアル夫人が大声を上げながら立ち上がる。そんなイシアル夫人を無視するような形で、両手を前に重ねたカロリーネはまっすぐに顔を向けて言い出した。
「今、この会場に居る貴族に限って言えば、アリサバラ夫人、ノルマン夫人、トーレス夫人、ガルシア夫人、セバージョス夫人、レミロ夫人も麻薬の購入をしています。ご子息やご令嬢がクラリッサ・アイスナー嬢と関係があったようで、麻薬の後遺症が残り続けることになったのです。その現実を夫人たちは受け入れることが出来なかったのでしょう」
カロリーネが口にした名前は貴族派だけでなく、王族派貴族の名前も含まれていた。
「他にも多くの貴族の関わりがあると思うのですが、今、この会場に参加している貴婦人でわかっている限りでご報告させて頂いております」
名指しされた貴婦人の中にはその場で失神する者もいた為、会場が騒然となったのだ。
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