第3話 おれはこいつと旅に出る

 エルフたちの領土である不死ふしの樹海は、その不穏な名前に似合わず豊かな森だった。

 木々の間伐かんばつを行い、動物が増え過ぎないように間引きする。

 そんな森の管理人のような仕事がエルフの日常だった。

 セラフィナの世話になっている源も、セラフィナが森の見回りに行くときにはついて回った。

 ギャーギャー言いながら動物の解体を手伝ったり、二人では食べきれない分の肉を近所におすそ分けしたりする日々。

 そんな生活が2か月ほど続いたある日。森歩きの最中に、源は神妙な面持ちでセラフィナに切り出した。


「なあ、セラ。そろそろこの森から出たいんだけど」

「あっそ。好きにすれば」

「軽っ!」


 ここ数日どう切り出したものかと頭を悩ませ、ありったけの覚悟で放った言葉を軽くあしらわれて、源は拍子抜けしてしまう。


「ま、あんたが物足りなさそうにしてるのは知ってたからね。外を見て回りたいんだろう?」

「あー、ばれちゃってたか」


 森の中で過ごす穏やかな日々。

 仕事に追われていた日本での生活とは正反対の日々は、源にとってかけがえのないものだった。

 しかし、せっかく異世界に来たのだ。

 魔力のあるファンタジー世界を見て回りたい。

 そんな好奇心を押し込めることはできなかった。


「そういう訳で、森の外まででいいから案内してくれないかな」

「うーん」


 しばらく思案してからセラフィナが口を開く。


「本来は色々面倒な掟があるんだけど、ゲンはエルフじゃないしね。いいよ」


 エルフじゃない。そんな言葉にチクリと胸が刺さされるような心地がしたが、源は笑顔で塗り固めて返事をする。


「助かる」

「ま、いつまでも誤魔化せるわけじゃないからね。もうちょっとここに居てくれるかと思ったけど、出ていくのが少し早くなっただけだよ。じゃあ、オババ様にあいさつだけして、とっとと行こっか」


 そう言って、セラフィナは集落に向けてスタスタと歩き始める。


「フットワーク軽すぎない? いつもの長命種感覚はどうしたの?」

「ふふ。君らはまばたきしてる間によぼよぼになっちゃうからね。一分一秒も無駄にさせられないよ」


 どこか悲し気に、それでいて明るくセラフィナが言う。

 そんなセラフィナがどこか痛々しく見えて、源は言葉を探す。


「そっか。ありがとな」


 だが、結局うまい言葉は見つからなくて、当たり障りのない言葉で場を濁す。


「ん」


 そっけないセラフィナの返事を聞いて、源は初めて自分のスキルが発動すれば良いのにと願う。

 そうすればいつもみたいにカラカラとセラフィナが笑ってくれるのにと。

 しかし、いくら念じてもスキルは発動しない。

 いつもは空気も読まずポンポン暴発するスキルだというのに、全く以ってままならない。


 そうして集落に戻った源たちは、一際立派な家に入っていく。


「オババ様ー。いい加減くたばったかー?」

「ちょっとセラ、やめなよー。いくらオババ様が鬱陶うっとうしいからって、そんなこと言っちゃだめだよぅ。それは二人っきりの時で。ね?」

「ふふ。ゲンは甘えん坊だなあ。そうだね。後でいっぱい盛り上がろうね」

「きゃっ。セラったら大胆」


 悪口は本人のいないところで。

 なんだかいい雰囲気を醸し出しているが、会話の内容は陰湿極まりなかった。


「ええい! 人の家に勝手に上がり込んで何やっとる! 気持ち悪いったらありゃしない! あと、オババはやめな!」


 くねくねとぶりっ子のように振舞う源と、それに乗っかってくるセラフィナ。

 そんな二人だけの世界に家主が割り込んでくる。


「もー、オババ様ったらノリ悪いよー」

「うんうん。セラの言う通りだ。そんな怒ってばっかだと、またシワが深くなるぞ、オババ様」

「誰のせいだと思っとる。あと、オババはやめな」


 二人がオババ様と呼ぶのは、エルフの中でも最も長く生きているとされている人物だった。

 曰く年齢は四桁になってからは数えるのを止めたとのこと。

 しかし、その容姿は若々しく、精々三十前半くらいにしか見えない。一方で、彼女の眉間みけんに刻まれたシワはとても深い。

 集落だけでなくエルフ全体の長老会議でも生き字引として一目置かれる彼女には気苦労が絶えないのだ。

 そんな彼女をエルフたちは畏敬いけいをこめてオババ様と呼んでいた。


「だから、オババはやめとくれ」

「ん? 今誰に言ったの?」

「わしにも分からん。だが、世界の意思というかなんというか……。そんな大仰おおぎょうなものにオババ呼ばわりされたような気がした」


 オババ様は被害妄想のきらいがあるのか、目に見えない存在にまで当たり始める。

 見えない敵を作り出す程の警戒心。

 エルフの最長寿である所以ゆえんもそこにあるのだろう。

 そして、日本海溝ほど深く刻まれたシワの所以ゆえんも。


「……」


 彼女にしか分からない何かを感じ取ったのか、何の前触れもなく、オババ様から強者の波動がほとばしる。

 謎の上昇気流で金髪を逆立たせる様はドラゴンも裸足はだしで逃げ出すような迫力だった。


「こ、これは!」

「どうしたんだ、ゲン!」

「BBA力がどんどん上がっていく。20万、42万、なっ! ごじゅう……さん、万……だと?……ぐわあ!!」

「ヤム……ゲーーーン!!」


 いつの間にやら色付きの片眼鏡でBBA力を測定していた源。

 しかし、計測器がオババ様のBBA力に耐えられず爆発してしまう。

 爆風が晴れた後。

 そこに残っているのはクレーターの中で寝返りを打ったような体勢で倒れ伏す源だった。


「あんたらは何やってんだい……」

「はい、撤収。ゲンも起きて起きて」


 セラフィナがパンパンと手を叩くと源がいそいそと起き上がり、セラフィナの隣に立つ。

 二人はオババ様に背を向けて、クレーターを植物魔法で直しながら反省会を始める。


「セラ、さっきは良かったぞ。特に最後の叫び声。真に迫ったシリアスさと、妙なテンポ感が得も言われぬ面白さだった」

「ありがとうゲン。けど、声を意識するあまり表情が少し疎かになっていたような気がする。もっと痛ましい顔をすれば更に良くなったと思う」

「そうだな。現状におごらず上を目指す姿勢。セラは本当にすごい。俺も吹っ飛ぶときの体勢とか、直さなきゃいけないところがいっぱいだ」

「へへっ。よせやい。照れるじゃんか、ゲン。でも、ゲンもクレーターでの倒れ方とかすごいインパクトだったよ」

「おぬしらは一体何を目指しとるんだ……」


 お互いを讃えあうくすぐったい雰囲気にあてられて、オババ様が困惑の声をあげる。


「何って……全国?」

「……そうか。精々頑張るんだね」


 きょとんとしたセラフィナの返答に、色々と面倒くさくなったオババ様が適当に返す。


「それで。何しに来た。その様子じゃ、獲物をおすそ分けってわけでもないんだろう?」


 源とセラフィナのペースに呑まれることを危惧したオババ様が本題を促す。


「そうだね。ゲン」

「ああ。オババ様」


 セラフィナに促された源が、真剣なまなざしでオババ様に向き直って、満を持して切り出す。


「セラフィナさんを僕に下さい」


 室温が十度下がった。

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