樹海の想像妊娠事件

第2話 ジェネレーションギャップ

 騎士団長に打ち上げられた源は、樹海に不時着していた。

 成層圏を突破した場所から自由落下。通常であれば人の原型を残さない凄惨せいさんな事態となっていただろう。ニュースで使われる様な表現で言うと、全身を強く打ってという奴だ。

 しかし、源は顔芸で命をつなぎとめた。

 落下の最中、真正面から風を受けてブサイクな深海魚のような顔をすることで人知を超えた空気抵抗を生み、減速させることに成功したのだ。

 だが、いくら顔芸をしたからといってそれによる減速はたかが知れている。

 極限状態に置かれた源は、自身のスキルの力を無意識に引き出していた。

 顔芸による減速。樹海の枝によるクッション。そこに、間抜けなSEが加わることによって、源は生還を果たした。

 ズサササと木々に突っ込んだ後に、地面に激突する直前。必死の形相をした源は風圧に負けない肺活量でもって叫んだ。


「べ――――ん!!」


 死に物狂いで叫んだ。

 その結果、源の声帯は効果音を生み出す。

 何だか脱力してしまうばねの跳ね返る音が一体に響き渡ったのだ。

 効果音の甲斐あって源はバウンド。

 スーパーボールのように跳ね返って、減速して再び落ちてきたところを木々に受け止められたのだった。

 いや、正確に言うと少し違う。

 源の右耳が枝に引っかかり、その耳がゴムのように伸びて宙づりになったのだ。

 どこぞのゴム人間を彷彿ほうふつとさせる姿だった。

 かくして源は無事に地上へ戻って来たのだった。


「よし。ゲン、終わったよ」


 源が異世界召喚された初日を思い返していると、不意に声を掛けられる。


「ああ、ありがとう。毎朝すまんな、セラフィナ」

「うん。それは良いんだけどさ、あんたこれやってる時顔が虚無になってて怖いのよ。どうにかなんないの?」

「無理。地味に痛いんだよ。別の事を考えて気を紛らわせないとやってられん」

「ふーん。そういうもんか。じゃあ、今日は何考えてたの?」

「お前と最初に会った時のことだよ」

「あはははは! あれね。もうびっくりしたよ。耳が一メートル位だるんだるんに伸びてるんだもん。そのせいでゲンもエルフなのかと思っちゃった」


 宙づりにされていた源を助けたのは、散歩しているところに異音を聞いてやってきたセラフィナだった。

 ファンタジー種族エルフである。

 耳が長くて、皆が金髪の美形。ついでに長生き。

 顔面偏差値は低いものの、右耳が伸びていたおかげで源はエルフと間違われた。

 鎖国して外部とのやり取りをほぼ絶っているエルフのセキュリティを、スキルの力ですり抜けたのだった。


「こうやって隠し通せてるのが不思議で仕方ないよ」


 右耳をさすりながら、源がげんなりとする。

 セラフィナが源の右耳を引っ張って、10センチほど伸ばすという偽装。

 これが源とセラフィナの毎朝の日課だった。


「まあ、樹海には結界が張ってあって人間は入ってこれないからね。人間がいるっていう考えが端から無いんだよ」

「ツールに頼りすぎて、使う側のセキュリティ意識が低くなってるのか。嘆かわしい。いつか重大事故が起こるぞ」

「考えすぎだって。この千何百年かの間なんにもなかったんだから大丈夫だよ」

「そういうのをフラグって言うんだよ」

「フラグ?」

「ああ。そうやって高をくくってると……」


 メシッ。バキーン!!

 源がセラフィナに高説を垂れていると、突如家の床が抜けて落ちていく。

 ややあって、荒々しい音を立てて外階段を上ってきた源が、バシーンとツリーハウスの扉を開ける。

 トンカチを片手に木材を抱え、ねじり鉢巻はちまきをした親方スタイルだった。頭頂部にあるぷくっとしたタンコブがチャームポイント。


「突然床が抜けるとか、どうなってんだよ! この家!」

「うーん。まだ築150年くらいだから大丈夫だと思うんだけど。たまたま床が腐ってるところとかあったのかな?」

「物に対してまで時間の尺度がおかしいんだよ、長命種! 数十年もあれば床は腐っちゃうよ! 認識を改めろ、長命種!」


 穴が開いた床を応急処置しながら源が突っ込む。


「あははは! そんなことより、なにその恰好」

「知らん。気づいたらこうなって、痛ってええええ!!」


 源がちらりとセラフィナの方をうかがった時、振り下ろしたトンカチが釘を固定していた源の指を誤って打ち付けてしまう。

 途端、源の人差し指が人間二人分くらいの大きさに膨れ上がる。


「あははは! どうなってんの、これ」

「ぬおおおお! 突っつくな! おっきくなって敏感になってんだよおおお!!」

「あっ。これなんか癖になる感触。ぶよぶよの反発感が面白い。つつくたびに良い声で鳴くのも良いね」


 興味津々で源の指をつつくセラフィナと悶える源。しばらくの間、セラフィナの家からは楽し気な笑い声と、痛ましいがどこかコミカルな悲鳴が鳴り響くのだった。


「あー、面白かった。ゲンと居ると本当に飽きないね」

「楽しんでくれて何よりです」


 源はぐったりしながら、床板が穴をふさがっていくのを眺める。

 セラフィナの植物魔法により、床板として使われていた木材が急成長しているのだ。十秒もしないうちに穴はなくなってしまう。


「ああ、クソ。魔法って何なんだよ。こっちの苦労をあざ笑ってるのか?」


 指を痛めてまで応急処置した床穴がセラフィナの魔法であっという間に修復されてしまい、源はついぼやく。


「うーん。意味不明さで言うなら君のスキルの方が何段も上だと思うけど。大体、修理に使っていた釘とかどこから持ってきたの? 金属は樹海じゃ見つからないから結構貴重なんだけど」

「気づいたらなんか持ってた。普通に生活しているだけで勝手にスキルが発動するから、迷惑この上ない。セラフィナみたいに魔法が使える方がうらやましいよ」

「ふーん。けど、ゲンもなんだかんだ楽しそうだけどね」

「勘弁してくれ……」

「あははは! ま、見ている分には面白いから、結構良いスキルなんじゃない? 私は好きだよ」

「はあ。だったらこのスキル欲しいか?」

「自分が所持者には絶対なりたくない。けど、友達に一人ぐらい持っている人がいたら良いと思ってる」

「他人事だと思いやがって。この人でなし」

「あははは! エルフだからね。ま、頑張りなって、若者よ」


 バンバンと遠慮なく肩を叩くセラフィナに源はため息を吐く。


「俺もう32なんだけど」

「ん? まだ全然子供じゃん」


 長命種とのジェネレーションギャップは深刻な問題のようだった。

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