第4話 デリカシーのないクソ男

「ふむ。ゲンよ、本気なのじゃな」


 オババ様から放たれる静かだが突き刺すような威圧感。

 気圧されそうになるが、真っ向から受け止めて源は答える。


「もちろんだ。オババ様がなんと言おうが俺はセラと行くぞ」


 しばし続くにらみ合い。

 やがてオババ様がふっと力を抜いて、優しく微笑む。


「……分かった。色々とこじらせておるが、気のく優しい女子おなごじゃ。セラフィナの事よろしく頼んだぞ」

「オババ様……」

「オババはやめな」


 感動的な空気の中、呆けていたセラフィナがようやく再起動する。


「ゲ、ゲン。お前、何考えてんだよ!? 私とお前じゃ年が全然違うんだぞ!」

「年なんて関係あるか?」

「で、でも、お前が年取っていくのに、私は変わらないんだぞ!」

「目の保養だな」

「話だってきっと合わない」

「一緒に住んでたけど、普通に楽しかったぞ」

「た、たった二か月じゃないか! それで何が分かるって言うの!!」

「二か月続いたなら、これからもきっと続くさ」

「楽観的すぎる!」

「お前が色々考えすぎなんだよ」

「で、でも……」

「フィー」


 なおも言い下がろうとするセラフィナに、オババ様が諭すように呼び掛ける。


「ゲンの奴の言う通りじゃ。お主はうだうだと考えすぎだ。いい加減前を向きな」

「オババ様……」

「オババはやめな」


 今にも泣きだしそうな弱々しい表情のセラフィナ。

 普段見ることの無い表情になんだかどぎまぎして、源は黙っていられなくなる。


「全く。セラはちょっと森の外に行くってだけで大げさだな」


 セラフィナとオババ様の表情が凍り付く。


「えっ、あの……ゲン。私をくださいって……」

「ああ。森から出たいから、案内役として貸してほしくてな」

「え、いや……え?」


 状況が飲み込めず戸惑うセラフィナ。

 しかし、突然顔を真っ赤にしたかと思うと、セラフィナは源の胸倉を掴みあげる。


「デリカシー! デリカシイィィィィッ!!」

「アベシ!!」


 奇声をあげながら何発も平手をお見舞いするセラフィナ。

 やれやれとそれを見ながらオババ様は思う。

 これは源が悪い。後、自分の家でやらないで欲しい。


「ずびばせんでした……」

「ふん。まったく! ゲンったら、まったく!」


 セラフィナのビンタを受けたゲンの顔は、パンパンにれて原型をとどめていなかった。


「……それ、大丈夫なのか?」


 その隣でぷりぷりと怒るセラフィナを見てオババ様は軽く引いていた。

 源の自業自得とはいえ、顔が3倍くらいに膨れ上がるほどにまで殴りつけるのはやりすぎだ。

 それでいて悪びれた様子のないセラフィナを見て、オババ様は彼女の人間性を疑ってしまう。

 一方で、そんなオババ様を見て、セラフィナはどこか懐かしさを感じていた。自分にもそんな時期があったものだ。

 たった二か月過ごしただけなのに、いつの間にかゲンの突拍子のなさに慣れてしまっていたらしい。


「んー、確かに最初はびっくりするよね。でも、大丈夫。シリアスな話題になったら一コマで戻るから?」

「一コマ?」

「うん。とりあえず、本題に戻ろうとか、そんなかんじのこと言ってみて」

「う、うむ」


 戸惑いながらも、オババ様は咳ばらいを一つして無理やり真剣な顔を作る。


「さて、本題に戻るぞ」

「分かった」


 オババ様はクリアな声に驚いて源の方を見る。

 そこにあったのは無駄にキリッとした源の顔。


「いやいやいや、そうはならんだろ」

「あははは。初めて見たら、そうなるよね」

「分かる」

「いや、あんたが共感するな」


 相槌を打った源に、セラフィナが流れるようにぺしりとおでこを叩いて突っ込む。

 先ほどまでボコボコだった面影はどこにもない。

 源の綺麗な顔と、それを当たり前のように受け入れるセラフィナを見て、オババ様は呆気にとられる。

 やがて、ため息を一つつくと、諦めたように言う。


「はぁ。これだから勇者ってやつは。私らの常識を軽々と飛び越していく。全く、迷惑な奴らだよ」

「うんうん……って、ええええっ!!」


 思わず頷いてしまったセラフィナ。しかし、途中でオババ様の言葉の意味に気付いて、驚愕の声をあげる。

 オババ様は源の正体に気付いていたのだ。

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