第20話「輸送護衛作戦」

「所長! なんでよりによってここ! なんですか!」

 珍しく声を荒げたのは富士だった。それに対し、敷宮白根は悠々とロッキングチェアに腰かけながら答える。

「とは言ったってねぇ、富士。僕ら今狙われてるんだよ? 普通の場所に仮設事務所を構えるわけにはいかないって」

「だからといって……よりによって、師匠の庭を選ぶんですか」

 不満げな彼の声が部屋に響く。

 三笠は改めて窓の外に目をやった。広がる空は夕暮れ時のまま動かない。庭では梅の花が咲いており、見る度に絶妙な気持ち悪さを覚えてしまう。──敷宮探偵事務所が全焼してから約一日半。敷宮探偵事務所は、日の出堂の主から所有する建物を借りて、仮設事務所を設置した。珍しく不満を露わにして抗議する富士を窘めるように、敷宮白根は身を起こす。

「許してくれよ。君だってここが最適だっていうのは理解できるだろう?」

「わ、かりますけど。確かにここであれば普通の魔術師には見つかりませんし、空間の縛りもない。今の自分たちにとっては悪くない空間ではありますが! あの人の領地ですよ……何かしら変な条件とか付けられてるのでは?」

 眉をひそめながら富士はそう返す。

(そんなに怖い人なのかな。貸付金が高いとか……)

 そんな彼の様子を見て、三笠はふんわりと考える。彼の口から「師匠」という人物のことはよく聞くが、実際に顔を合わせたことはない。それどころか、外見はおろか性別も何もかも三笠は知らないでいる。一度だけ富士に訊いたことがあったが、本人がかなり嫌そうな顔をしたので深く訊くことはできなかった。

「あー、それはね、秘密」

「所長!?」

「大丈夫。無理難題とかじゃないから。ちょっと話がしてみたい人がいるんだって。その人と引き合わせるだけの簡単なお仕事だよ。そちらは僕がやっておくから」

 にこにことしたまま敷宮白根は富士を諭すようにそう言った。彼はまだ何か言いたげだったが、少し遠慮したらしい。

「まぁ、そういうことならいいんですが……」

 少しむくれながらも静かに引き下がった。そんな富士の様子が物珍しかった三笠はじっとそちらの方を見てしまう。熱い視線に気が付いたのだろう。彼はすっと真顔になって、小さく「覚えてろよ」と言い三笠を威嚇した。

(やば)

 ふい、と視線を敷宮白根の方へ戻す。そちらでは引き続き現状整理が行われていた。

「これで事務所はオッケー、というわけだね。ついでに家具もいらないものを色々な人が譲ってくれたからオッケー」

「あとは魔術物資ですか」

 鷦鷯が静かにそう付け加える。

「そうなんだよねぇ。とはいえこんな状況で買い足すのもおそらく難しいだろう。先々週より値上げが激しくなっているし。家具類を後回しにしても十分な量は買い足せないだろうね。そこで僕も腹を括ることにしたんだ。室の人からの仕事を請けようと思う」

「……それは大丈夫なんですか? 今敵を増やすのはよろしくないのでは」

 鷦鷯が少し心配そうに敷宮白根に尋ねた。

 彼の心配は最もだった。室が敵視されている今、彼らに手を貸すということは水ナシ、ひいては多くの魔術師を敵に回すことになってしまう。今まではなんとなくグレーゾーンにいたが、室の仕事を請けるとなれば完全に黒扱いになるだろう。そうとなれば今後仕事を貰えない可能性だってある。

 しかし敷宮白根は首を横に振ってこう答えた。

「正直今更、というところかな。生き残るために手段は選んでいられないし。そもそもうちが燃やされる理由が分からない。となれば調査しないといけないだろう? これで相手がさらに攻撃してくるのなら、ある程度の目星が付けられると思う」

 不安げなメンバーに向かって敷宮白根は話を続ける。

「実はもうすでに連絡はしてあってね。勝手にやったことは謝ろう。しかし、だ。そもそもうちは室とその周辺出身者しかいないだろう? 本当に今更、なんだよ。報酬は物資で支払ってもらうことを約束に契約をした」

「いえ。所長がそう言うのなら構いません」

 そう言って鷦鷯は引き下がった。彼に敷宮白根は小さく感謝の言葉をかけてから、正面へ向き直る。


「さて、そういうわけで君らにはこれから──室への物資輸送車の護衛をしてもらう」


 ※※※


 輸送自体は普通の業者が行うことになっている。

 敷宮のメンバーに任されたのはスペクターに襲撃された場合の対処だった。

「今回はあくまで護衛だからな。輸送が成功した時点で僕らの作戦も成功、仕事は完遂となる。報酬は物資の損傷具合で変わると言われてしまったから、できる限り必死に護ってほしい」

 てきぱきと要点を述べて、敷宮白根は事務所の後片付けに戻った。午後一時を少し過ぎた頃。県境の方にある港に、メンバーがゆっくりと集っていく。

「そんじゃ点呼するぞー。まずうちのメンバーが……東、鷦鷯、三笠、八束、津和野……おい、返事くらいしろ」

 富士の点呼に合わせて、初瀬は各々の表情を見ていく。

(さすがというかなんというか……やっぱり落ち着いてるな)

 ただ一人を除いて、敷宮のメンバーは大人しく待機している。スペクターと戦うことには慣れてきたつもりだが、こうして事前に打ち合わせをして戦いに行く経験はあまりない。若干の不安を持っていたが、それも彼らの態度でいくらか薄れたような気がした。

「そんで、どうして零課さんもこっちに?」

「それは……護衛の依頼が、直接警察に来たんですよ。……背景は知りませんでしたが」

「まぁ、伝えたところですぐに伝わるような話でもないしな……なるほど。そういうことか」

 富士の質問に答えた初瀬は、依頼内容をまとめたメモを差し出す。

 今回の輸送はとにかく量が多く、良質なものがほとんどだ。これを無事に運び終えることができなければ──例えばスペクターや魔術師に襲撃を受けてしまうと、この土地のパワーバランスが崩れかねない。そんな具合の説明を初瀬含む零課のメンバーは説明を受けた。

(だからといって、警戒しすぎなんじゃないかと思っていたけど……)

 まさか魔術師側にも協力者がいたとは。ただならぬ警戒の強さに初瀬も勘ぐる手が止まらなくなってしまう。

「つまり、因縁が複数あるから警戒もするだけ損ではないってことか」

「まぁ……そうかな」

 初瀬の言葉に頷いて返したのは三笠だった。

「なんだ、じゃあ結局は魔術師同士の厄介なことに巻き込まれたようなもんか……」

「それってば今更じゃない? 初瀬に関してはさ」

「わたしは、な」

 そう言って初瀬は友永の方を見る。三笠も意図を汲んだのか眉を下げて苦笑いを浮かべた。彼女の隣には佐上が立っている。そちらの方はというと、特に緊張する様子でもなく、かといって警戒する様子も見られない。やっぱり読みづらい相手だ、と初瀬は思った。

「あぁ、そうだ。零課さんからは誰が来てるんだ?」

 三笠とのやり取りが終わった頃を見計らって、富士が再び寄ってくる。

「わたしと、友永さんと……あちらにいる佐上さんだけです」

「思ったより少ないな」

「相変わらず人手不足でして……浦郷さんは赤鴇君と長柄の面倒を見ているらしく、手が離せないそうです。春河さんも、柳楽さんと共に別件を抱えていると聞きました」

「なるほど。まぁ、元からスペクターとの戦闘はそちらの仕事ではないしな。うちと連合させて、チーム分けしてもいいか? そっちの方が安全だと思うんだが」

「構いません。こちらもそれがいいんじゃないかと相談していましたので」

「了解した。連絡の共有は……初瀬さんでいいのか?」

「ええ。今日はわたしにお願いします」

 初瀬は富士の言葉に頷いて返す。それを受けた富士は、メンバーの方へ向き直って声をかけ、注目を集める。

「というわけだ。今回は零課、敷宮で連合チームを組んで行動をする。チーム分けはそうだな、初瀬と三笠はいつも通り。そこに八束を加えて一つの班にするか。鷦鷯とおれで二班、東と津和野、それから友永さんと佐上さんの三班でどうだ」

「了解」

 富士が周囲に同意を求めると、彼らはめいめいに返事をした。


「なぁ三笠、八束って……」

 出発まで、一同はそれぞれ割り当てられた自動車の近くで休んでいた。それぞれがそれぞれの方法で休む中、三笠は温かい飲み物をちびちび飲んでいた。そこへ初瀬は寄っていって、小突いて先程の問いを投げかけたのである。それに対し、三笠は飲み物を冷ましながら小さな声で答える。

「あぁ、いづみさんの妹さん……らしいよ。富士先輩が話してた」

 今彼女は車の側を離れている。それでも小声で話してしまうのは、どこか触れがたいと感じているかららしい。

「……似てるな」

「髪色は、かな?」

 二人はそう言って、少し遠くの方にいる彼女の方を見る。姉である八束いづみと違うのは目の色形と黒子の位置だろう。彼女は赤い瞳で釣り目、そして黒子は向かって左目の下にある。パッと見た雰囲気は姉と瓜二つなのだが、よくよく見てみるとどこもかしこも真逆の造形をしていた。

「あの人……姉の方は『柔らかふわふわ』って感じだけど、妹の方は『ツンツンとげとげ』って感じだな」

「え……? あぁ、うん、そうかもね」

 初瀬の真剣な声色に、三笠は突っ込みを放棄して頷く。

「……そろそろかな。呼んできて」

 出発の合図が出る前に三笠は、指示を受けて八束いずもを呼びに行く。彼女は相変わらず、二人から少し離れた場所で腕を組んで立っていた。その触れがたい雰囲気に気を削がれつつも、三笠は恐る恐る声をかける。

「あのー、もう少しで出るらしいです」

 しかし彼女から反応はない。風が強いせいで聞こえていなかったのだろうか。そう思い、もう一度三笠が声をかけようとしたタイミングで八束いずもは勢いよく振り返った。

「聞こえてるわよ。しつこい」

 棘のある声でそう言い放ち、八束いずもは車の方へ歩いて行った。

「……どうしたの、その顔」

 車に戻った三笠の顔を見るなり、初瀬は不思議そうにそう尋ねる。が、三笠は首を横に振り「なんでもない」と答えたのちに助手席に座った。今回は運転中に襲撃を受けてもいいように、戦闘要員は運転をしないことになっている。当然戦闘に集中するためだ。それでも彼はどこかそわそわしている様子だ。初瀬はそこに若干の気持ち悪さを覚えつつ、発し準備を済ませていく。

「やっぱり代わらない?」

「なんでそんなに運転したがるんだか。三笠って運転好きなの?」

 先程もしたやり取りをもう一度する。三笠は変わらず、にへらと笑ってこう答えた。

「どっちかと言えば好きかな」

(そこははっきり好きって言えばいいのに)

 そんなことを思いつつ初瀬は彼の提案を流して車を発進させる。初瀬たちの車は一番後方を担当することになった。ルートを間違える心配はないが、襲撃が発生した場合は一番大変な位置でもある。そこから来る緊張感のせいだろうか。それから車内はしんと静まり返っていた。

『なんというか……いずもさんは気性に難ありなんだよ。一応うちに所属できるってことは優秀な魔術師であることは変わらないし、登録魔術師だから人格面も問題ないはずなんだが、なぁ……すこーしだけ、扱いが難しいってーか。誤解されやすいっていうか……』

 このように、彼女のことを説明する富士はひどく慎重に言葉を選んでいた。

『ただまぁ三笠と比べると戦闘特化ではない感じだな。お前と比べるのもどうかとは思うけどな。でもそっちの方が分かりやすいだろ? とにかく、戦闘に関しては実戦経験も浅いし、二人で上手くサポートしてやってほしい。あ、おれからなんか言ったとか絶対に言うなよ。ブチ切れるからな、あいつ』

 どうも富士は彼女との距離感を図りかねているらしく、彼は重ねてそう言っていた。触らぬ神に祟りなし、という風にだ。


 しばらくは特に異変もなく、平和に進んでいた。市街地を離れ、田と畑に囲まれた、見通しのよい直線道路に入ると。状況は一変した。

「……! 上!」

 それにいち早く反応したのはなんと、八束いずもだった。

『後方二百メートルにスペクターがいる! あと輸送車上空!』

 直後に通信機から知らぬ声が飛ぶ。それを誰か確かめるよりも早く三人は身構えた。

 三笠が窓から顔を出して見れば声の言う通り輸送車の上空には異形鳥の群れが、後方には不定形の犬らしきスペクターの姿がある。初瀬もミラーを使ってそれを確認する。

『上空のはこっちの二班が、その他警戒は三班がやる! 後ろのは一班に任せた!』

「了解です!」

 富士の指示に二人は勢いよく返事をする。

 とはいえ初瀬は運転に集中しなければならない。輸送車から離れすぎても、近づきすぎてもいけないからだ。程よい車間距離を保ちつつ、戦闘の支援をするとなるとかなりのテクニックが要求される。

「……やるわ」

「えっ、ちょ」

 不意にじっと押し黙っていた八束いずもが声を出し、窓からその身を乗り出した。助手席の三笠は困惑した様子ながらも同じように身を乗り出して後ろを見る。先ほどと全く状態は変わっていない。直線道路なおかげか、相手は隠れもせずにこちらを目指して走っている。

「いいわ、邪魔くさいからとっとと死ぬのがいいのよ! ──遍くこの世に彷徨う魂魄よ。我が願いに応えその力を貸したまえ。淀み、深く、誘うは暗き世界。『死霊輪舞』!」

 八束いずもは一息で詠唱をする。

 彼女を中心にさざ波のような細やかで繊細な魔力の流れが生まれる。それらはすぐに美しい魔術式を象った。そして。

 後方を走っていたスペクターの周囲で花火のように弾幕が炸裂する。先手を打たれたスペクターはなすすべもなくそれに絡めとられ足を奪われていった。それを確認した初瀬は声を張る。

「三笠!」

「一班、後方のスペクターを攻撃しました! 確認を!」

 すぐに見えなくなったスペクターが倒せているかの確認を求める。こちら側も鷦鷯たちが状況把握のために式神を展開している。後方には確か二機配置されていたはずだ。

『後方のスペクターは沈黙確認』

『こちら東、二班を手伝って。数が多い』

 確認が返ってくるとすかさず東の声がする。

「っ、了解です!」

「三笠! 次交差点だから止まるかもしれない!」

「それは……よくないかな!」

 八束いずもも、三笠も再度魔術式を組んで構え直す。異形鳥の群れはその数を減らしてはいるものの、統率を失ってはいない。

(できる限り収束させて、飛び散らないようにしないと……少しこっちに引き付けるのがいいか)

 三笠は運転席の初瀬へ目配せをしつつ、魔術式を構築していく。しかしその後ろで八束いずもは一足早く動き出す。

「あんなの、すぐにでも」

「ちょちょ、ちょっと待って八束さん! 積み荷に当たらないようにしないと!」

「はぁ……?」

 必死に自分を止める三笠を見た八束いずもは顔をしかめて反論しようとする。

「そんなこと言ってたら、今にでも停車して……!」

 その言葉通り前を行く輸送車が停車した。それを待ち構えていた異形鳥たちは一斉に降下し始める。風を割く音と、興奮する化鳥の声が響き渡る。

「言わんこっちゃないわ、咲け『死霊輪舞』!」

「鷦鷯さん、すみません! 『春日雨』!」

『任された』

 積み荷の真上で一瞬の攻防が繰り広げられた。桜色の光を放つ弾幕がいくつも輪を描く。それらは確実に異形鳥を撃墜していく。しかし、墜ちていった先にあるのは積み荷だ。そうはさせまいと三笠の放った『春日雨』が撃墜された異形たちを正確に弾いていく。しかし弾数の絞られた『春日雨』だけでは守り切れない。弾雨に見逃されたそれを、まとめて薙ぎ払うべく鷦鷯の魔術が展開される。風に乗って濃い水のにおいが車内に流れ込む。

『開け、『逃げ水』!』

 どこからともなく発生した水の流れが撃ち落された異形を押し流す。晴れた空に水しぶきが躍った。

「……ま、間に合った?」

 三笠が初瀬に確認するように問いかけると、初瀬は頷きながらワイパーを起動する。

「たぶん。積み荷は無事に見えるけど」

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