第21話「不安材料」
「……積み荷、確認してもらったけど無事だったみたい」
初瀬が報告から戻るなり、積み荷の様子を三笠に伝えた。それにほっとして小さく「よかった」と呟けば、彼女も深く頷いて返す。報酬のことを考えれば積み荷第一に動かざるを得ない。例え襲撃者を全滅させることができても、積み荷が傷ついてしまっては失敗と判定されてしまうからだ。
「八束さんて何飲むんだろ……」
報告もそこそこに三笠は腕を組んで自販機と睨み合う。
「持って行くの?」
長考を始めようとした三笠を他所に、初瀬は自販機に小銭を入れて水を買う。その一連の動きに気を取られた三笠は、実にふわりとした返事をしてしまった。
「え、まぁ……一応……」
「適当に温かいものにしておけばいいんじゃないの? これと……この辺とか」
初瀬は温かいお茶と、水を提案しそれぞれ指さして見せる。確かに彼女のようなタイプなら、このくらい無難な物の方がいいのかもしれない。
「うーん、じゃあ適当にその辺買っておこうかなぁ」
彼女が飲まなければ自分が貰えばいい。そう思った三笠はようやく手に持っていた千円札を入れる。そして商品を取り出そうと、しゃがみ込んだところで三笠は右隣に人がいることにやっと気が付いた。
「……鷦鷯さん!? お、お疲れ様です」
「三笠、と初瀬か」
「さっきはありがとうございました」
「本当ですね。ありがとうございました」
そう言って三笠はぺこりと頭を下げる。咄嗟に指示をしてしまったが鷦鷯はしっかりと三笠の意図を汲んで手助けしてくれた。相変わらず言葉が足りないところはあるのだが、彼の周りの意図を汲み取る力はそれなりらしい。
二人の礼をを受けた鷦鷯は少しも表情を変えずに小首を傾げる。
「別にいい。それよりそっちはどうなんだ」
「えぇと……れ、連携まではちょっと……」
眉を下げながら三笠はそう返す。
「そうか。次はないからな」
「気をつけます」
そんなやりとりの後に、鷦鷯はついっとその場を離れる。
「……よく会話できるな。何が言いたいのか全く分からん」
その一部始終を見ていた初瀬がぼそりと呟いた。会話の途中で彼女がどこか上の空になったのは、やり取りの難解さに気を取られたからだろう。三笠はそれに思わず苦笑いをしてしまう。
「いや、全然分かんないよ」
「えぇ?」
「確かに言葉足らずで、ちょっと刺々しい感じはするけど……」
相方はうんうん、としきりに相槌を打つ。もちろん棘を持っていることはあるが、最近は滅多に三笠へ向けられない。
「でもこっちの言いたいことはしっかり読み取ってくれる人だから……それを踏まえて話せばいける、と思うんだよねぇ……」
「ふーん……?」
「……遅い」
交代時間ギリギリに戻ってきた二人を八束いずもは不機嫌そうな顔で出迎える。その隣には立っていた富士は、彼女の態度に対して小さく息をついた。背の低い八束いずもから、富士の顔はギリギリ見えないのだろう。彼女は富士の反応に気づくことなく、ついと向こうの方を向いてしまう。
「すまんな二人とも。休憩時間終了ギリギリに割り込んで申し訳ねぇが」
「いえ、大丈夫です」
三笠を一瞥した後に初瀬は首を横に振る。トゲトゲした雰囲気はともかく、富士がメモ帳を持っているということは、それなりに重要な話だろう。
「あのな、こっから先のことで少し変更点があってな。今回の依頼は集落で倉庫まで運び込みが終わるまで護衛をする……ってのが達成条件なんだが、これが一番難しいらしくてな」
「難しい、ですか?」
その難易度にピンとこない二人が気に障ったのか、八束いずもが棘のある声で口を挟む。
「数が多くて収容場所が別々なんですってよ。消耗が激しいったらないわ。私たちのことなんだと思ってるんですかね」
「……ということだ。元々集落についたら本格的な戦闘態勢に入る予定ではあったが、想定より道中の襲撃が多い。引き続き追撃は禁止で、とにかく輸送車について回ることだけを意識してほしい。こっちの運転手は初瀬さんだったか」
「そうですね。車間距離には気を付けます」
「そうしてもらえると助かる。まぁ、多少離れたところで、二人なら戦闘に支障はないだろ」
ちら、と富士は二人に視線をやる。それを受けた三笠は頷いて返したが、八束いずもは無視を決め込んだ。苦笑いをしてから、彼は元の持ち場へ戻っていった。
どうやら、これまで何度か失敗してしまったせいでスペクターが「そこにいれば必ず輸送車が通る」と覚えてしまったらしい。
(厄介なことを……)
スペクターはほとんどの場合が犬や猫と同等の知能しか持っていないと聞く。たかだかスペクターと侮れるほど、初瀬も楽観的ではない。
「ていうか……そもそもなんで襲撃されるんだっけ?」
「あぁ、それは──」
「空腹だからですよ。竜脈が異常を起こしているせいで、アイツらも上手く腹が満たせないんです」
「スペクターって魔力を食料としてるんですね、なるほど……」
「大体そうですね。積み荷の中身は魔力鋼とか、組み合わせれば魔力を生じるものばかりですし。そりゃあ襲撃もされますよ」
忌々し気に八束いずもは話を締める。彼女の視線はかなり鋭く、初瀬の無知を咎めているようにも取れる。とはいえ、初瀬とてこの程度の冷ややかな態度は何度も受けてきた。目くじらを立てる程珍しいものではない。そもそも初瀬自身に知識が無いのは事実だ。誤解を受けやすいというのは、語気の強さからくるのではないだろうか、と初瀬は考えた。
それから少しして、初瀬は八束いずもの様子を伺ってみる。相変わらずどこか不機嫌そうな表情だ。三笠はそれに気まずさを覚えているのか、後部座席に積んである魔道具の手入れを執拗にしていた。
「八束さん」
その様子を見かねた初瀬は思わず彼女の元へと行く。八束いずもは相変わらず車から少し離れた場所で一人佇んでいた。
「何かしら」
初瀬の声掛けに対して、八束いずもは変わらず不機嫌そうな声で返事をする。
「せめて突っ込むときは一声かけてからお願いします。先ほどのような事故も起きてしまいますし」
次からの相手が手ごわいことは分かっている。そうであるなら連携をとるのは必須だろう。しかし先程の様子を見る限り、彼女にそれが向いているようには初瀬には見えなかった。八束いずもは少し考えるような素振りを見せた後に顔を上げる。
「つまり私のやり方に文句があるってことですね。ただの運転手に文句をつけられるなんて想定外です。そちらに関しては善処します」
「……お願いしますよ」
少し言い方が気に障ったものの、全く響いていないわけではなさそうだ。気の強い、赤いつり目は初瀬をじっと見る。少しの間、二人は睨み合った。ひとしきり初瀬を睨んでまんぞくしたのだろう、彼女は小さく鼻を鳴らして後部座席の方へ戻っていってしまった。
(これはまた、なかなか相性の悪い相手だな)
初瀬も運転席へと戻る。急に入ってきた八束いずもにビビッて逃げてきたのだろう、助手席に三笠が転がり込んできた。
「ごめん失敗した」
「え? 何が」
先に謝っておくことに意味があるかは分からない。初瀬は誤魔化すように小さく首を横に振った。
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