第15話「暗がり」
会議終わりの廊下に、一足先に浦郷は飛び出す。
一刻も早くあの居心地の悪い空間から抜け出したくてしょうがなかったのだ。大人げないことではあるが、あの場にいてかけられるストレスが浦郷にはどうしても重すぎる。というか、どうしても慣れたくない。
陰鬱な気分を変えようと大きく伸びをすれば、廊下の奥から影が伸びてくるのが見えた。
「……
顔を上げ、その人の名を呼ぶ。彼は口の端を吊り上げて薄っすらと笑って見せた。どうも今日は機嫌がいいらしい。会議室に盗み聞きされるのを危惧した浦郷は、彼に目配せをして歩き出す。
「よう」
千代田は文句ひとつ言わずに浦郷に続く。相変わらず人相の悪い男だと彼は思った。大方目つきが悪いのと、いわゆる濃い顔立ちをしているせいだろう。もう少し──主に無精ひげをどうにかすれば印象がよくなりそうなのに、と何度考えたことか。
「どうも、こんにちは。どうかしましたか」
今回はどんなちょっかいをかけてくるのか、などと浦郷は邪推する。特別な思い入れがある相手ではない。ただ少し今の部下との仲が悪い相手である……そのくらいだ。しかも、どちらかと言えば数少ない浦郷に対して好意的な人間の一人である。浦郷が邪険にする必要は全くないのだが。
(探りを入れるような視線は気になるがな)
それから逃れるように視線を落とす。おそらく刑事課の人間の癖なのだろう。八束(やつか)いづみにも、初瀬にもその仕草は見受けられる。千代田はというとそれを気にも留めずに浦郷の言葉に答えた。
「どうかしたかって……随分とジジイに絞られていたなと」
「あぁ……そのことでしたか。仕方ないですよ。避けようがありません」
先程の会議でのことだ。
議題は登録魔術師をこの先どう扱っていくか、だった。会議という形式ではあったものの、実際は零課に対する弾劾だ。手綱を握っておけだの、ちゃんと飼い殺せだの酷い言葉が飛び交っていた。
一番焦点が当たっていたのは昨年の鯨騒動だった。
「鯨を倒した魔術師の扱いがカギになっているんだろう? お前はどうするつもりなんだ?」
「……それをあなたが聞いてなんになるんですか。第一俺はそれの担当じゃありませんよ」
千代田の質問に浦郷は嫌悪を露わにした。
「藪蛇か。そういやお前はそうだったな。聞いた相手が悪かった」
そんなことを言いながら、少しも悪びれる様子がない。本当に嫌なヤツだ、と浦郷は思った。刑事としては優秀かもしれないが、友達にしたくない。
「二度とこの手の質問はしないでくださいって前に言いましたよね」
──あんな力を持つ魔術師は本当に無害であるのか。
三笠冬吾に向けられた疑念の数々を否定できる者は、今の零課にいないだろう。浦郷自身その疑念を本人にぶつけたことがある。自衛隊の武力を行使してでも苦戦するような災害級を、たった一人で抑え込んだのだ。周囲の魔術師のサポートがあったとはいえ、結果はそうと出た。
そんな彼を危険視するのは当然の成り行きだ。何の力も持たぬ大勢にとって彼の存在は容易く脅威となる。穏やかな人柄を知ったところで疑う者が減るとも思えない。魔術師に好意的な上層部は少数だ。たった一人の意見で鋭利な疑いを押し返せるはずもない。
とはいえ浦郷にも、そんな彼らの考えが理解できてしまう。拳銃を持った男が「撃たない」と言っていても警戒心を解ける人はいないだろう。脅威は脅威。武力はいつでも使える状態で有してこそ意味を成す。
現在彼の登録申請は保留中だが、そういった点を考えると登録魔術師にできない、というのが上の答えだった。
現状、彼の切り札は許可制になっているし、彼自身もあまり使おうとしなくなった。その背景に何があるのか、浦郷には計りかねるが素直に指示に従っているのは事実だ。反抗しない間は何もしなくていいではないか。
(どうにかして殺せ、とでも言わんばかりの空気が吐くほど嫌いだ)
長く長く息を吐く。千代田はそれを一瞥して小さく笑った。
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