第9話「浦郷の疑心」

 車窓を流れる景色に初瀬は思考を寄せる。地方都市の夜は繁華街であろうが静かなものだ。自転車はおろか、歩行者もあまりいない。まだ二十時過ぎだというのに、ここまで人がいないとなれば少し寂しいような気もする。そんなことを考えているうちに騒がしい世界を抜けて街灯の少ない暗い道へ入っていく。

「……なぁ、少しいいか」

 少し経った後に浦郷が口を開いた。彼はちらりと後ろの座席では三人を確認する。初瀬は浦郷が話を切り出したことを意外に思いながらそちらを見る。

「急になんですか?」

「純粋に意見を聞きたいだけだ。柳楽さん、どう思う」

 初瀬は訝し気に眉を寄せる。そんな問いをした本人はというと、運転に集中しているのか、いつもと変わらない仏頂面だった。質問の意図を探るよりも先に答えた方がいいだろうか、などと思考を一瞬で巡らせる。

「さぁ……あまり話をしていませんので、何とも言えないですね」

「そうか」

 初瀬の無難な返しに、浦郷はそっけない返事をする。

「何か気にあることでもあるんですか?」

「さぁな」

 追及に対しても彼は適当な返しをする。初瀬は少しむっとして、何が言いたいのか聞き出そうと口を開く。それに被せるようにして浦郷がこんなことを言った。

「気になることは一つだけある。零課が年内に解体されるかもしれない」

「……それはまた、どうして? 単なる噂とかじゃないんですか?」

「警察内で元々あった動きだ。なんだかんだ言って魔術師はアウトローに近しいからな。最近は反対派の動きが顕著だ」

「何を根拠に……」

「どうせ署内の動きには疎いんだろう。よく思い返してみろ」

 挑発するような浦郷の言葉に、初瀬は小さく息をついた。言われずとも、そんな雰囲気は察している。

 彼の言う通り、元々零課の扱いはよくなかった。『どうしようもない、辞め待ちの人が行く場所』やら、『島流し先』やら。そんな具合の場所であることは、初瀬も以前から知っていた。今年に入ってもその評価が変わった様子はない。変わったのは、世間の動きだった。魔術師と協力体制を取る警察へ、疑問の目が向けられるようになったのだ。

 最近はそれを受けた上層部、および反対派の動きが顕著だ。

(それと柳楽さんの関係……?)

 彼、もしくは彼女が何者なのか初瀬は全く知らない。フルネームも聞いていない。……調べればすぐに分かることではあるが。何せ出会ってまだ一日経っていないのだ。経歴なんて知る由もないし、これまでどこにいたのかすら初瀬は知らない。

「もしかして柳楽さんが、零課を直接解体しに来たと思ってるんですか?」

 初瀬は浦郷の言わんとすることを当てに行く。こうして濁して言うということはそれが狙いなのではないか、と予想したからだ。その予想が当たったのか外れたのか、浦郷の表情からはいまいち読み取れない。赤信号の光が彼の瞳の色を塗り潰す。

「あの人は排斥派の筆頭だ。知らないのか?」

「逆にどこで知るって言うんですか」

 浦郷は特別社交的ではない……ように見える。春河のように勝手に情報が入ってくる位置にいるようには見えない。となれば盗み聞きだろうか。

「他人の話」

 彼は初瀬の想像通りの答えを出した。当人は隠すつもりもないらしい。初瀬とて責めるつもりはないが、後ろめたい方法であるのは違いない。突っ込みもせず初瀬はスルーを決め込んだ。

「直接手を下すかどうかは知らんが……わざわざトップに乗っかりに来たんだから、何かあるんじゃないかと思ってな」

「……そんなことをしてなんのメリットがあるっていうんですか」

 強い疑いを向ける浦郷を窘めるように初瀬は言う。

「現状スペクターや魔術師に対処できるのは零課くらいですよ。消すなら先に対処可能な組織を作るのではないですか?」

「それが分からん。別にこの街を蔑ろにしたいようには見えんし、むしろその点に関しては俺らと同じ考えを持っているように見える」

 それであるならばなおさら浦郷が気を立てる理由が分からない。初瀬は眉間の皺を深くして問いただす。

「もしかして、新しく振られた仕事がそんなに不満なんですか?」

「ははっ、冗談のつもりで訊いてるのか? そんな仏頂面じゃそうそう笑えんぞ」

「すみません、苦手なもので」

「不満だよ。なんで俺が子守をしなきゃいけないんだ」

 呆れた、と思ってしまった。

 わざと大きなため息をついてもいいのではないか、そんな魔が差したが一瞬で思考の隅に追いやる。

「……まぁいい。今言ったことは忘れてくれ。憶測の域を出ないのは重々承知している」

「知ってます。ただ、他に人がいる状態で話してよかったんですか」

 初瀬はちらりと後部座席を見た。相変わらず三人は眠っているように見える。

「……そこの銀色、お前の扱いが焦点になっている。この問題に油を注いだのもお前だ。いつまでも日和見ができると思うなよ」

 浦郷はわざとらしく少し大きな声でそう言った。しかしその言葉に返す者はいない。浦郷は一つため息をついて、こう付け加えた。


「杞憂だとは思うがな」


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