第10話「連続失踪事件」

 連続失踪事件。

 島根県東部を中心に一月上旬から七件発生。

 失踪した人物は未だ発見されていないが、特殊な事例であることが見受けられるため本件の調査は零課に委任。外部組織である敷宮探偵事務所と連携して調査することを許可する。

 ──初瀬の手元にある資料にはそんな旨が記載されていた。

 警察署の一室。そこに集められた面々は警察官だけではなかった。初瀬の知らない顔もちらほらいる。昨日の飲み会にいなかったことから零課ではなく敷宮の者だろうか。浦郷は別件を任されているらしく今日は不在らしい。

「それじゃあ始めますよ」

 そう言いながら前に出てきたのは柳楽だった。今日はあの人がこの場を仕切るらしい。前には他に富士、佐上そして初瀬の知らない老人が立っている。ざわついていた室内は一気に静まり返った。

「珍しいな……」

 その様子に初瀬は驚きながら呟く。それなりの数の魔術師がいるというのにこんなに早く静かになるのは珍しい。柳楽はいくつか立てられているホワイトボードを指しながら話を切り出す。

「今回敷宮の皆さんと協力して調査するのは東部で起きている連続失踪事件についてです。今年の初め……一月の上旬から先月三月の下旬までで七件、魔術師が失踪する事件が起きています。発生地域は東部全域。西部では確認されていません。しかし……これと関連して不可解なことも起きています」

 柳楽の言葉に初瀬は眉間に皺を刻んだ。「不可解なこと」という曖昧な表現が引っかかったのだ。

「これに関しては俺から説明をするよぉ」

 そんな初瀬の疑問に答えるかのように、柳楽の横から二森が出てくる。普段のふざけたあの恰好ではなく、きっちりとスーツを着込んでいる。長い髪も一つにまとめ、普段からは想像できないほどの爽やかな印象を受けた。

(Tシャツ以外も着れたんだあの男)

 関係ないことを思いながら初瀬は彼が話を始めるのを待つ。

「曖昧な表現をすんな! と思う人がいるかもしれないけど、魔術が絡んでいるからそうせざるを得ないんだよね。そこは了承してほしいかな。んで、関連のある不可解なことのことなんだけど……これまで確認されていた個体よりも強いスペクターが複数確認されてるんだよ。先日通報のあった大亀もそうだね。取り巻きはそうでもなかったみたいだけど」

 そう言ってから二森は各々の手元にある資料をめくるように指示をした。

 資料の目次のその次のページ。

 彼が指定したそのページには複数のカラー写真が印刷されていた。初瀬はそれに見覚えがある。

「これは今朝の大亀っぽいスペクターの写真。ここで気づく人は気づくんじゃないかな。このスペクターの特異性に」

 聴衆を試すように二森は見回す。それに反応したのは三笠だった。彼は小さく、答えを口にする。

「……消えてない」

 それで初瀬も異常に気が付く。そうだ。通常スペクターは死を迎えると魔力の塊となって霧散する。要するに遺体に当たるものは残らない。こうして写真に映り込むこと自体不自然だ。

「さて、皆様お気づきかな。そう、これ。消えてないんだよ。このことから連続して出現するスペクターが転華病の個体であることが指摘されていてね。転華病は簡単に言うと……魔術師だけがなる病気で、発症するとスペクターになってしまうんだってね。だから、失踪事件とは言ったけど、本当は事件なんかじゃない」

 二森の言う通り、加害者が存在しないのであれば失踪事件とは言えない。しかし、いくらなんでも異常事態であることに変わりはない。失踪者の中には登録魔術師も含まれている。そのために、警察側も責任を全うするためにこの事件について調査する必要が出てきたのだという。

「それに……またまたややこしくなっちゃうんだけど、大亀含め発見されたスペクターの遺体には、共通して同じ魔術刻印がされてたんだよね。これに関しても資料に載せてるから見てちょうだい」

 彼の指示に従って皆が一斉に資料をめくる音がする。

「短絡的に考えれば、この刻印が原因……ということもあり得るよねって話。ややこしいことになっているけど、要は連続失踪事件、ひいては転華病が頻発している理由を探す! ついでに怪しい刻印の正体も探る! これが本捜査の目的さぁ! どうしても現行の法律じゃ、失踪者がスペクターになったということを証明できない。だから解決はできないってコトを忘れないで。でもちゃんと原因は究明する。おたくらにも関わることだし。警察からすれば責任追及を受けちゃうわけだし。そういうことで」

 ばん、と大きな音を立てて二森はホワイトボードを叩いた。その衝撃でそこに貼られていたいくつかの写真が落ちる。それを拾い上げたのは柳楽だった。

「落ち着いてくださいね」

「これ以上ないってくらい冷静なんだけどね。ありがとう」

 写真を貼り直す柳楽の横で、二森はへらりと笑って見せた。


 会議はすぐに解散された。

 現時点で示せる情報が少ないせいだろう。魔術が絡んでいる以上、仕方のないことではあるが初瀬としては不安でしかない。それは三笠も同じなのだろう。彼は何度も何度も資料をめくっている。

「なあ三笠」

「どうかした?」

「……関係あると思うか?」

 削りに削られた初瀬の問いに、三笠は少しぽかんとする。しかしすぐに内容を察してくれたのだろう。微妙な表情を浮かべて、彼はもう一度資料をめくる。

「ない、方がいいけどな」

「希望的観測だな」

 実際のところ初瀬もそれが一番いいと考えているが、それを判断できるほど情報が集まっていないのは事実だ。嫌なもやもやを飲み込もうとして、隣に人が来たことに気が付く。

「あ、すみません。お取込み中でしたか」

「いえ。大丈夫です。何か御用ですか」

 消化不良を抱えながら初瀬は首を横に振る。三笠も揃って口を閉じた。柳楽は少し申し訳なさそうな顔を一瞬だけしてから、二人に提案をする。

「友永さんと組む魔術師が決まったので……顔合わせに立ち会ってほしいんです。いいですか?」

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