第4話「新人友永」

「す、すみませんでしたっ!」

 そう言いながら頭を下げる新人に、初瀬はただただ首を横に振った。何を言うべきなのか、ぱっと思いつかない。子供抱えていた女性こと新人、友永千鳥ともながちどり。彼女は伝線してしまったストッキングを寄せながら初瀬の前で小さくなっている。

「いや……むしろ初めてスペクターに遭ったのに、あそこまでちゃんと動けるのはすごいと思う」

 そんな二人の状態を見かねたのか三笠がフォローするようにそう言う。丁寧な褒め言葉に反して、彼は相変わらず緩い表情をしていた。派手な銀の髪色に合わぬその姿にどこか呆れを覚えた初瀬は、口を開く代わりに腕を組み直した。

「そ、それはそうかもしれませんけど……」

「それにしても……友永さん、零課に配属になったんだ」

 涙を滲ませながらそう言って頷く彼女は初瀬の知り合いだった。後片づけに追われる助っ人たちを横目に、三人は話を続ける。

「そう、なんです。私……特にそういうの詳しくないんですけど、何故か配属されまして……不安だったんです。でも、初瀬さんがいてよかったです、本当に」

「それは……そうだね」

 すっかり背が丸まってしまった友永へ缶コーヒーを手渡した後に、三笠が声を潜めて初瀬にこう尋ねる。

「知り合いだったの?」

「そうだな。ずっとご近所さんで」

 「そうなんだ」と小さく言って三笠は頷いた。

 目の前で気の毒なほどに小さくなっている彼女については、礼儀正しいが少し気が小さいところがあると初瀬は記憶している。芯は強いのだが、それが発揮されるまでに時間がかかるのが難点だ。それが彼女の長年の悩みの種でもあった。

 初瀬が昔のことを思い出していると、三笠がおずおずと申し訳なさそうな顔をして口を開く。

「あ、あのさ……僕、呼ばれたからついつい来ちゃったけど、戦闘許可は……」

「ん? ああ、今朝謹慎解けたみたいだよ。死因がはっきりしたから、連れて行っていいって浦郷さんが言ってた。だから大丈夫」

「そ、それはよかった……」

 初瀬の言葉に三笠はほっと胸を撫でおろす。そう、先日初瀬の実兄である初瀬幸嗣が死んだ現場に彼は居合わせてしまった。魔術師であるということと、監視の警官以外に彼の無実を証明できるような同席者がいなかったため真っ先に彼が手を下したのではないか、と疑いがかけられた。そのため死因がはっきりするまで三笠は自宅で待機することになってしまっていたのだ。

「あの……やっぱり許可が無いといけないんですか」

 二人のやり取りを見ていたらしい友永がおずおずとそう尋ねてくる。

「……初瀬」

「あぁ、うん。三笠、言いたいことは分かるけど……えっと、こいつはまだ仮登録だから、わたしら監視官の戦闘許可がいるんだ。今年からは腕章を付ける義務があるから、分からないことはないと思う。今回の許可云々はちょっと別の話だけど……」

 相槌を打つも、相も変わらず不安げな彼女に初瀬もかける言葉がない。初瀬には友永のテンションが低い理由に心当たりがある。それを考えるとなおさら零課配属にコメントができない。ここでもやはり、初瀬はなんと言うべきか分からず口を閉ざす。

「……そう言えばお金の方はどうなったの?」

 三笠を一瞥して気になっていたことを訊く。すると彼は

「あはは……とりあえず借金は返せそう、かな」

「へえ、それなら……」

「こ、今年中には」

 最後に付け足された言葉に、思わず顔を顰めてしまう。三笠自身は「ままならないねー」と言って笑うのみで、早い解決を完全に諦めている様子だった。それに思わず舌打ちをしそうになるも、抑え込んだ初瀬はそっけなく返事をしておく。

 今現在、三笠冬吾は魔力炉の修理費と仮登録免許の更新料で手一杯の生活を送っている。元々魔術研鑽のために手元にある金は少なかったらしいが、家宝の修理費はかなり高くついたらしい。今年に入ってからは家賃も水道代も払えなくなったために、友人の家に居候しながら敷宮(しきみや)の仕事とアルバイトを掛け持ちして暮らしているらしい。

(これが街のために頑張った人間に対する仕打ちかよ)

 と、いった具合に初瀬も腹が立った。やはり魔術師というのは肩身が狭い。彼らが力を持たないようにしているのは分かるが、いささかやりすぎなのではないか。そう思ってしまった。現在三笠の登録への申請待ちの状態だが、これもいつまでかかるか分からないと聞く。仮に登録申請が通ったとしても半年に一回は免許の更新料をぶん取られることが確定している。

「初瀬、それから友永」

「浦郷さん」

 その場にいた全員が声の主の方を見る。自販機の前に不機嫌そうな顔をした男が立っていた。彼は蒼色の鋭い瞳を一瞬細めた後に、小さく息をついて肩の力を抜く。相変わらず柔らかいとは言い難い表情だが、怒っているわけではなさそうだと感じた。

「すまない二人とも。特に友永」

「いっ、いえ、そんなそんな……」

 初瀬の想像通りいつもよりほんの少しだけ柔らかい声で友永を労う。

「説明する手間が省けたのはいいが、見てもらった通り命がけの現場なんでな。……自分の命を守ることを優先しろ。俺からはそれだけだ。初瀬、戦闘許可に関しては──」

 浦郷は変なタイミングで話を途中で止める。

「あぁ、すみません。いいんですよ続けていただいて」

 彼の横に音もなく現れた人物はそう言って笑った。すっきりとした目元に中性的な顔立ち。初瀬の知らない人物である。スーツを身に着けたその人は、男にしては華奢だが女にしては肩や首元がしっかりしているように見える。どっちつかずな不定さが何とも言えない魅力を生み出しているようだった。

「……俺が許可したんで、後で報告書は書かなくていい」

 それだけを付け加えて浦郷は口を閉じる。緊張が伝染したらしく友永も三笠も居心地が悪そうに浦郷と現れたもう一人の方を見た。それが少し面白かったのだろうか、その人は口元を緩めて、順番に初瀬たちを見やった。

「それじゃあまず自己紹介を。今日から零課に配属となりました。柳楽やなぎらです。松島まつしま巡査長の後継ぎとして、頑張らせていただきますね」

 敬礼をしてから柳楽と名乗ったその人は自己紹介をする。

(ん? 浦郷さんは結局サブのままなのか)

 敬礼を返しながら初瀬はそんなことを考える。言ってしまえば頭領が変わっただけだ。浦郷と柳楽の空気がぴりついているのもそのせいかもしれない。

「それで……友永さん。浦郷さんの言う通りですよ。人を庇うのは悪いことではありません。ですが……あなたが動けなくなってしまった後、どうするつもりでしたか」

 柳楽の問いに友永は、しまったという顔をして口元に手をやる。

「自分を守るというのは一人で戦う中では一番大事なことです。初瀬さんもですよ」

 突然の飛び火に初瀬は目を丸くした。

「えっわたしですか」

「一応、です。我々監視官の仕事はあくまで監視ですから。後輩もできますし、あまり前に出ないでくださいね」

 そう言いながら初瀬に柳楽は刀を差し出した。初瀬のものだ。

「……すみませんでした」

 初瀬は両手でそれを受け取った。柳楽は「うん、よろしい」と言ってにっこりと笑う。ルールに厳しそうだ。それが初瀬から見た柳楽の第一印象だった。

「そうだ、浦郷さんには別に頼みたい仕事があるので……署の方に戻ってください。初瀬さんたちはこの後ある会議に出席をお願いします。もう一人新人がおりますが、既に業務を振ってしまいましたので……自己紹介は後日、改めてということで」

 柳楽はそう言い残してその場を去る。解散する空気となったところで、友永がおずおずと初瀬の服の裾を引っ張った。

「あの、初瀬さん」

「何?」

「零課ってどういうお仕事なんですか……?」

 ハの字の眉を見て初瀬は少し考えてからこう答えた。

「……命がけで脅威から人を守る仕事」

 そう答えるが、どこか言葉が大きすぎる。初瀬はそんな気がしてならなかった。

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