第四章-3 死者は三日目に甦る

「ひとりになったらね」


お母さんは言ったんだ。


「ひとりじゃないって思いなさい。貴女にはいつだって私たちがついているわ」


お母さんは、わたしにそう言ったんだ。







神様。あなたはわたしから一体いくつの宝物を持っていかれるのでしょう。

お菓子はすべて子供たちにあげました。パンはすべて大人たちにあげました。わたしのお腹はお母さんがくれたミルクでふくらみ、お父さんが火を持つことで平安が保たれました。それなのにああ、神様、あなたはわたしに二人と一匹をなくせと言うのですか。

神様、わたしはあなたを憎みません。

神様、わたしはあなたを愛しています。

それはたくさんの人と聖書が教えてくれたことなのです。


神様。

どうか神様。

あなたがわたしに何もしてくれないのは知っています。ただ、見ていてくださるだけでわたしはあなたを信じることができるのです。

どうか神様。マリアとエヴァとヨセフの家をお守りください。


わたしたちがかえらなきゃいけないお家はここじゃない。

神様。どうかわたしたちをお家に帰してください。







その日は晴れでもくもりでも雨でもなかったわ。ただ、まっしろ。真っ白だった。




朝、わたしはお母さんを抱き締めて眠っていたと思うの。三人で遊んでもまだ大きな犬が一緒になれるくらい大きなベッドの上で、わたしは目覚めた。そう、思ってるわ。

窓もカーテンも閉じたまま。それなのになんでかお外は真っ白な気がしたの。


太陽もお月さまもお星さまも、誰もみんなどこかへ行ってしまった。そうだ、みんなでお散歩に出掛けてしまったのね。

まるで絵本の中にいるみたいだった。

お父さんが見せてくれた、まだなんにも描かれていない真っ白な絵本。何が起こるのかな。誰が出てくるのかな。

はじめに神様は天と地をおつくりになられました。光で起きて、夜に眠りをおつくりになられました。

その前はきっとね、世界はまっしろな絵本だったの。まっしろな絵本だったから、神様は色をぬってお話を考えて、ページをめくり始めたの。

そこにはまだマリアもエヴァも、ヨセフもブランもいません。もちろんアリスもアダムもいません。誰も産まれてこないのです。だってそこは神様だけの楽園なんだから。

真っ白な絵本は誰の物でもないわ。それはこれからおつくりになられる「神様」のためだけのものなのよ。だからそこには登場人物が出てこない。誰もそこには入ってはいけない。


始まる前の世界は真っ白な神様の世界なのです。神様しかいないから、誰もそれを見たことがない。

神様は誰かがそれを見ることをおゆるしにならないでしょう。つくられていない世界をつくられた誰かが見てはいけないのです。入ってはいけないのです。

書かれる前の聖書を、神様を信じる人は見てはいけないわ。何も書かれていない聖書だなんて、そんなの、信じていないのとおんなじでしょう?

天にまします我らの父よ。天におられるわたしの神様。お願いです。はやく「アダム」と「イヴ」をおつくりになってください。

マリアははやくあなたにお祈りしたいのです。あなたを信じてこの箱庭の中でお母さんとお父さんとブランと一緒に生きていきたいのです。


真っ白な絵本の中にはマリアはいません。いたらいけないのだとお母さんが教えてくれました。

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