第四章-2 死者は三日目に甦る
「ひとりになったらね」
お母さんは言うんだ。
「知らない人の言うことを絶対に聴いちゃダメよ」
ずっと前、私には好きな人がいたの。この人の子だったら欲しいなって思うくらい好きだった人。お母さんはそう言った。
その人のお名前はヨセフさん? わたしは訊いた。
お母さんは、
「信じてたのに! 私だけだって言ったじゃない! この子が可哀想だわ。一緒にいてくれるって言ったじゃない!」
ヨセフさんがいなくなって二日目だった。
お母さんはわたしのことが見えなくなった。見ているのは、きっと、わたしのいない時間。山小屋でも小さな町でもないところにお母さんはいた。
わたし、初めてお母さんからその話を聞いたわ。意味はわからなかったけど、お母さんにとってよくない時間。
だからお母さんはわたしに知らない人の言うことを耳にしちゃいけないって言ったの。
お話を聞いちゃいけないってことだけじゃないわ。何かを言うその声も聞いちゃいけないの。声を聞いたらね、お話も聞きたくなる。お母さんがそうだったみたいに。
お母さんは小さい頃、この町に住んでいたわ。この町にいた時にわたしがお母さんのお腹にやって来て、二人で一緒に町を出ていった。
わたし、覚えていないわ。赤ちゃんの時のことなんて覚えてない。もちろん、ヨセフさんじゃないお父さんのことも。
お母さんとわたしはずっと一緒だった。ずっと二人っきりだった。そこに「お父さん」はいなかったわ。
わたしの頭の中には「お父さん」はヨセフさんだけよ。これからもずっと、お父さんはヨセフさんだけ。でもお母さんの頭の中にはもう一人いるんだって。
「幸せだったのに、幸せだって言ってたのに! どうしてそんなこと言うの? 貴方の考えがわかんない。この子だけじゃダメなの? ねえ、答えてよ! 貴方は何が欲しいの?!」
お母さんは誰かに向かって大きな声を出し続けたわ。怒りながら泣いてる。それはわたしが聴いてきたお母さんのどの声とも違ってた。
「触らないで! 私、貴方のお人形じゃないわ! この子も、あの子も違う!! もう貴方になんて会いたくないわ。私、此処から出ていく。絶対に帰らない。こんなとこにいたくなんてない!」
お母さんはどんな気持ちでこの町から出ていったんだろう。どんな気持ちでこの町に帰らなきゃいけなかったんだろう。
わたしにはなんにもわかんない。だってわたしはなんにも知らないんだから。
ごめんね。ごめんなさい、お母さん。お母さんの気持ちを一緒にわかってあげられなくって、ごめんなさい。
外にまだ誰かがいる。中に入りたくて、入れる時を待っている。
お家のまわりをうろうろしているわ。お庭の草を踏む音が、小石を蹴る音が、泥がはねる音が何度もする。
ナターシャが窓の隣からこっちを見ているわ。わたしはだいじょうぶよって言いながら、彼女に笑いかけた。
ドアと窓を叩く音は壁をひっかく音に変わった。
ブランはお家の中を歩き回ってる。誰かが入ってきたら、きっとすぐに知らせてくれるわ。
わたしはお母さんのすぐ隣にいる。手を握って、マリアはここだよって教えてあげるの。
お母さんがマリアのことを見えなくなってもいいんだ。見えなくなっても一緒にいるから。
ひとりぼっちは寂しくて淋しくて、とっても悲しいよね。だからマリアはお母さんと一緒にいるの。
ドアと窓を閉めたわ。
ちゃんとカギもかけたわ。
カーテンも引いて、ほら、見えないはずよ。
ひとりはイヤ。今夜もみんなで同じベットで眠るわ。
夢の中ではお月さまもお星さまも笑って輝いているの。
お願い、お父さん。かえってきて。
わたしとお母さんをひとりにしないで。
ヨセフさんがいなくなって二日目の夜は、お母さんの悲鳴でいっぱいだった。誰かがすぐ近くまでやって来ているのね。お父さんの分までわたしがお母さんを守ってあげる。
外では一人じゃない足音たちがダンスを踊ってた。
もうすぐ三日目がやって来る。
天の神様。あなたはまた復活なさるのでしょうか。
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