第三章-4 噂

「こんにちは、マリアちゃん」

「今日も可愛いね、マリアちゃん」

「あっちでお菓子を配ってるよ、マリアちゃん」


アリスちゃんのお父さんははじめましてをきっかけに声をかけてきたわ。その人、いつも笑ってわたしの名前を呼ぶの。

マリアちゃん。マリアちゃん。

その人ね、絶対にお父さんとお母さんがいないとこでわたしの名前を呼ぶんだ。マリアって呼ばれた時、まわりに誰もいないの。それが少し恐かったわ。

アリスちゃんの名前はみんなの前で呼ぶの。アリス、アリス、って。その時に、ああ、この人はアリスちゃんのお父さんなんだなって思うの。

でもね、一回だけ。誰もいないとこであの人がアリスちゃんを呼ぶのを聴いたことがあるわ。


「アリスちゃん、おいで」


いつも呼ぶ「アリス」じゃなくて、「アリスちゃん」って呼ぶあの人を見たわ。それから、嬉しそうに笑うアリスちゃんを見た。

わたし、気持ち悪くなってそこから逃げたの。なんか、変よ。変だわ。あんなアリスちゃん、わたし見たくない。

パパって言いながらアリスちゃんはその人に抱きついたの。わたしもするわ。お母さんにもお父さんにも、ブランにもぎゅって抱き締めてもらって抱きつくの、わたし好きよ。でも違うの。そうじゃないの。アリスちゃんとあの人がしてるぎゅっは違うのよ。

気持ち悪かった。あの人が気持ち悪く思うの。あんな人に触られてるアリスちゃんを助けてあげたくなったわ。でもアリスちゃん、すごく気持ち良さそうに笑ってるの。

恐かったわ。どうしたらいいのかわかんない。

アリスちゃんはきっとわたしの言うこと聞いてくれないわ。だって、もうお友だちじゃないんだもの。



お家に帰って、すぐに言ったわ。お父さんじゃなくてお母さんに言ったのは間違ってない。お母さんはそう言ってわたしを抱き締めてくれた。

ほら、やっぱり違う。あの人は「変」なのよ。


お母さんは言ったわ。このことは他の人に言っちゃダメだって。

マリアを守るためのナイショなのよ。わたしはお口を閉じた。


お父さんには、言わなかったはずなの。







だって、「マリアのお父さん」と「アリスのパパ」は違うのよ。お父さんは、ヨセフさんはあんなことしないわ。「お父さん」だったらあんなことするはずない。

違うのよ。あの人は違う。

でもあの人はアリスちゃんの「パパ」なの。違うのに、違わない。







ナターシャが外を見ていた日のことよ。いつもはお部屋の中、わたしたちを見ているのに、その日は裏庭の方を見ていたの。

裏庭にはたくさんの木があって、まるで迷路みたいだった。窓から見ただけでそうなんだから、お外に出て裏庭を歩いたら、わたしはきっと帰って来れない。だからわたし、裏庭には行かなかった。行きたくなかったわ。

それに、その日はお母さんがお仕事でお家の外に出てたの。ブランはお父さんとお散歩に。

ナターシャは歩けないわ。だからわたし一人で裏庭に行くことなんてないのよ。彼女が珍しくあっちを見ていたから、わたしもあっちを見たの。

何にもないわ。裏庭には誰もいない。そう見えたし、そうじゃないといけないの。


まだ明るい時間の時のことよ。

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