「だってあの家は××だから」

第三章-1 噂

「っていうお話だったの」


わたし、教会に行ったらすぐお姉さんにそう言ったわ。


「じゃあ、つまりナターシャさんをお父様が連れて来てたのね」

「そう!」


ほら、やっぱりお人形は人形なのよ。動いたりなんてしないわ。

でもね、わたしはとっても嬉しかった。お父さんがわたしのためにナターシャを連れてきてくれたことが。

そんなこと話したって誰も信じないでしょう。だって、人形は動かない。聞いてくれたのはお姉さんだけだった。お父さんとお母さんには話さなかったわ。だって。

だって、あの二人からウソつきって言われるのが怖かったから。

だから言わなかった。


お姉さんは真剣に聴いてくれた。動くお人形を信じてくれた。だからあの話のラストを伝えたの。


「おもしろいお父様ですこと。まるで絵本みたいですわ」

「そう! お父さんは絵本をほんとうにしてくれるの!」


わたしたちは笑いながら言ったわ。お姉さんが言う「おもしろい」は「変」っていう意味じゃないって、わたし、知っていたから。だからその話はこれでおしまいになるんだなって思ってたの。めでたしめでたしでおしまいなんだねって。

でもお姉さんは次の絵本をわたしに見せてきたの。




「そういえば、あの子のお父様も変わってますわね」




足音が一つ、聞こえた気がした。




わたしの知ってる、知らない足音。




「あの子ってだあれ?」







わたしにお母さんとお父さんがいるみたいに、お姉さんにもお母さんとお父さんがいる。もっと言うと、お姉さんにはその上のお姉さんもいる。知ってたわ。でも他の子もそうだっていうのを忘れてた。ただそれだけよ。

教会にはいろんな人も子も来ていたわ。その人たちみんなにお母さんとお父さんはいる。

そんなの考えないわよ。だって会ったことないもの。みいんな知らない人たち。わたしたちにとって一人しかいないのは神様だけよ。みんなおんなじ神様をおもってる。

神様は知っててもわたしは知らない。そんな人、たっくさんいるわ。あの子のことだってそうだったのよ。わたしはあの子と会ったことがなかった。


「アリスですわ」


お姉さんが指で差した先に女の子と男の人が歩いていたわ。手を繋いで、仲がいいっていうより、そう、お姫様とおつきの騎士様。そんな感じだった。

女の子はとてもすごく可愛いと思ったわ。お母さんのお洋服ほどじゃないけど、ヒラヒラ揺れるスカートだってとっても似合ってる。

でもね、内緒にして。わたし、あの子のことキライだなって思ったの。なんでかわからないけど、見た時にそう思ったの。

それからね、男の人を見たわ。見たくなかった。見ていたくなかった。だからキライな可愛い女の子を見たの。幸せに満足して笑ってる女の子を、見たの。


お姉さんは言ったわ。


「あら、マリアとあの子のお父様、目がそっくりですわね」




神様はおゆるしになられるのでしょうか。

それはお月さまもお星さまもいない日のことでした。わたしはアリスちゃんとアダムさんを見つけてしまったのです。




コツリと何処かで聞いた足音が、この耳によみがえった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る