ヨセフの手紙『エヴァ』-3

毎日は確実に過ぎていく。その全ては僕にとって幸せを伴うものだった。

山小屋は僕らの箱庭だ。仕事も滞りなく、いやこれもいつも通り書けたり書けなかったりしながらも流れていく。エヴァの方も順調だ。彼女の様子は僕から見てそう思えるものだった。

娘のマリアが心配なんだ。僕にとって初めての子ども。僕は彼女にとって最良の父親でありたかった。だからいつも、努めて努めて丁寧に接した。仮面を被っていたことなんてない。ただ、文を書くときのようにいくつものパターンを用意して、その中から相応しいものを選んで、更に彼女に不快を与えないよう両手で包んで差し出した。

どうすればいいのかわからなかったんだ。

弟とも違う。そしてエヴァとも違う。

僕の一番はエヴァだ。愛する妻、世界で一番愛し合える存在。

じゃあマリアは何なのだろう。

僕は考えた。血の繋がりからは他人としか言えない子。愛する女性が他の男性との間に身籠った子。彼女は僕が愛するべきに価する存在なのだろうか。僕は考えた。

正直に言おう。僕が愛しているのはエヴァであって、マリアではない。だから適当に、それこそ曖昧に父親のような関係を持つことができればいいのではないかと思った。思っていた。

初めてエヴァに手を引かれながら挨拶をするマリアを見た時、その考えは完全に覆った。この子は愛されるべき子どもだと。

マリアは賢い子ではないだろう。だが、ただ一つだけ彼女を輝かせる仕草があった。それは名乗りである。

「わたし、マリア」

彼女は初めて会う男性である僕に対して、それはそれは丁寧に、優しく微笑んで名乗るのだ。僕に対してだけではない。彼女は誰に対しても素晴らしく愛らしい名乗りを見せるのだ。

彼女は自分が誰かを知っている。そしてあなたは誰と訊く。そこには年齢も性別も何もかもが関係ない。マリアにとって目の前と自分は対等なのだ。

僕は忘れていた。不特定多数の誰かを相手にし続けることで、自分が誰だったのか忘れてしまっていた。

彼女は僕にそれを思い出させてくれた。

僕は、ヨセフ。ただ文を書きたいと願った子ども。


僕はこれからマリアの前で父親を演じることはないだろう。だって、彼女は僕を、ヨセフを見ているのだから。それがエヴァとの付き合いと何が違うのか。わからないだろうか。わからないだろうな。僕にだってよくわからない。

でも、マリアはエヴァと僕が愛するべき存在なんだ。だから僕は守る。エヴァと、僕らの娘を。




白い犬を彼女に贈ることにした。大きくなる犬だ。

きっと彼女は喜ぶだろう。

それから、また、エヴァと絵本を作ろうか。たくさん彼女と話をして、娘に残すプレゼントを作るんだ。

大丈夫、きっと僕らは幸せになれる。













なんで。













どうして。













何故今さら蒸し返すんだ。もういいじゃないか。なんで彼女を自由にしてあげない。

なんであいつはエヴァを呼んだんだ。
























アダム。

君は一体なんのつもりで。

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