ヨセフの手紙『エヴァ』-2
そう、いつもと同じ日々だった。いつもと同じ日々に愛する妻のエヴァ、そしてその娘のマリアが加わった。反対に弟は僕らの住む山小屋を去った。弟には弟の女性がいる。その人と生活を共にする日が来ることを僕は願っているよ。
離れていても僕たちはたった二人だけの兄弟だ。兄としての僕を生涯捧げるとあの子に誓おう。僕たちは兄弟だ。
これから僕の日常は愛する二人の女性と共に形作られる。
エヴァはとても素敵な女性だ。優しく暖かい愛情をもって、僕に笑いかけてくれる。その反面、男性としての僕に怯えている節がある。
それは前の夫、マリアの父親に関係するのだろう。彼女は浮気を臭わす男性を嫌悪した。付き合う人間には特に誠実さを求めた。男女関係なく。
僕はそれについて深く問うことはしなかった。ただいつも通り、普段と何も変わらない態度で彼女と接した。
僕と彼女の出会いはある絵画展でのことだった。その主催者は彼女の友人で、わざわざ時間を作ってまでエヴァを案内した。それも、一枚一枚説明をしてである。
二人が僕の座るイスの前の絵、僕の友人が描いて出品したものだ、そこに近づき話し出した時、なんと美しい女性かと僕は目を疑った。つまり、そう、この恋は僕の一目惚れから始まったのだ。
彼女らが話す内容は専門的なものだったように思われる。僕は単語の意味は理解した。不器用なこの手先は絵を描くことに向いていない。ひたすら物書きとして生きてきた自分にできることといえば、知識を蓄えることくらいだ。創造し描くことができなくても、僕は絵画の伝える何かを理解したかった。
しかし都合のいいことにそんなもの全てどうでもよくなってしまったよ。彼女の声を聴いた。鳥が囀ずるように可憐な声だった。僕の耳は話の内容を素通りさせた。
友人には悪いが、あの絵がどんなものだったのか、はっきり言って覚えていない。あの瞬間の僕にはエヴァしか見えていなかった。
友人には悪いことをしてしまったよ。許してくれたけどね。
友人としての僕らはありきたりの仲だったと思う。僕は物書き、彼女はデザイナー。方向性が違っても、クリエイターとしての誇りを持っていた。だからこそ意見が合わない時もある。
意外だと思うだろうか。僕らは何度も喧嘩をした。それも激しい口論になるときなんてしょっちゅうさ。それでも僕らは関わることをやめなかった。
何度も喧嘩をした。何度も、何度も。
その度に、僕らの心は近づいていった気がする。
エヴァという女性は、美しいだけではなく一人の人間として魅力的だった。素晴らしいの言葉だけでは言い表せない。
やがて僕とエヴァは婚約し、夫婦となった。
彼女と前の男性の間には一人の子どもがいた。マリアだ。
エヴァが誰かと結婚し、離婚していたこと。そして僕と再婚したこと。別の男性との子どもを産んでいたこと。そのどれもは僕にとって問題ではない。
マリアも母親のエヴァに似てとても愛らしかった。写真で見た幼子はいかにもマリアだという表情をして笑っていた。ああ、問題はここにあったな。愛する妻と娘が美人過ぎて心が浮わついてしまう。
一つだけ気がかりなことがある。彼女の前の男性のことだ。
嫉妬ではない。ただ、彼の気持ちが解らないのだ。
彼はエヴァの妊娠を知っていた。妻であるエヴァのだ。それなのに彼は他の女性との子どもの存在を認知していた。
彼はどういうつもりで二人の女性との間に別の子どもをつくったのだろう。始めから二人の女性との間に別の子どもをつくるつもりだったのだろうか。
では何故彼はエヴァと結婚をした。何故エヴァを唯一の妻として神の前で誓った。
そして何故彼女にマリアではない子どもの存在を告げた。
僕はエヴァを愛する。この命が消えても、たとえ終えた後であろうと。
そしてマリアを守ろう。エヴァの愛する唯一の子を僕は守ってみせる。
僕は二人を山小屋へ呼び寄せた。両親から譲り受けた大切な贈り物だ。
エヴァとマリアは僕からこの贈り物を受け取るに相応しい。
僕は彼女らを愛し抜く。
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