第二章-8 神様は見ている

わたし、すぐにお部屋に戻ったわ。それでベッドには入らなかった。だってその足音はだんだんわたしの方に近づいてきているんだもの。

小さな足音よ。誰のものかわからなくて足の上にある顔が浮かばなかったの。もしかしたらないかもしれない。そんなことを考えたの。

まずはベッドのシーツとシーツの間に大きなぬいぐるみを寝かせたわ。わたしの代わりに頭までシーツを被せて、足音がドアの前に来るより先に隠れたの。

足音は二個。かつんと、こつん。


どきどきした。もうほんとにドキドキした。

わたしが隠れたのはベッドの下よ。クローゼットはいつもかくれんぼで使うもの。いつドアが開いてしまうのか、それだけをとにかく待った。


ドアに鍵なんてかけてないわ。古くてかけれないの。

このお部屋がわたしのものだって知ってる人しかドアを開かない。足音はわたしに会いに来たのよ。

小さな足音は大きな足音になって、ドアの向こうに立った。わたし、息を止めたわ。じっとドアを見た。ドアの向こうを待った。


ゆっくりとドアは開いたの。わたしと同じように音を立てちゃいけないって思ってるみたいに。

ゆっくり。ゆっくりと。




ドアから入って来たのはナターシャだった。

お父さんに抱っこされてやって来たナターシャ。頭と腰を支えられて、ああ、知ってるわ、あのだっこの仕方。赤ちゃんを抱く時のだっこよ。

お父さんは少しだけ前屈みになりながら、ゆっくりとわたしのいるベッドの前にやって来た。屈んで、膝を床につけて、ちょうどベッドの前にあるイスの上にナターシャを座らせたようだった。

わたしからはあししか見えなかったわ。でもね、お父さんが出ていったあとにあの子は座っていたもの。




ほら、やっぱり人形は人形よ。

一人で勝手に動くはずないわ。




それは星がきれいに瞬く夜だった。







その次の夜から、ナターシャはわたしの部屋に来ることはなくなったわ。その代わり、夜にはお母さんとお父さんと、ブランとナターシャ。みんなで集まっておしゃべりするの。

お父さんは何も言わなかったわ。わたしもそうよ。

だって、秘密にしておけばまたナターシャが歩き出すかもしれないじゃない。


お父さんは冷ましたスープを飲みながら、わたしに向かって笑った。そして人差し指を一本だけ、口の前に立てたわ。返事は笑顔でお返ししました。







ナターシャはわたしたちを見て、笑っていたのかもしれない。







だぁれも見ていないけど。

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