第二章-6 神様は見ている

一人の少女がお家で遊んでいます。外に出るのはとてもこわい。少女はそう言います。

だからお父さんは考えました。彼女をひとりにしない方法を。







お母さんはとっても寂しがり屋です。わたしもそんなお母さんとそっくりで寂しがり屋です。

アパートにいた時、わたしたちは二人だったの。わたしと、お母さん。ずっといっしょ。寂しくなったらお母さんにはわたしがいた。わたしにはお母さんがいた。ずっといっしょだったの。

山小屋ではわたしたちは三人だった。ブランもやって来て楽しくなった。お父さんはわたしたちを寂しいからさよならさせるためにいろんな人を呼んだ。

お父さんはわたしたちに教えようとしてくれたの。人は、一人になってもひとりぼっちじゃないんだよって。孤独っていうお名前をもらった寂しいはクローゼットの奥の奥に仕舞ったはずだったわ。

でも、この町にやって来て孤独はまたわたしたちの前に顔を出した。


孤独はわたしたちを包んだわ。もう、そばにわたしが座っても、抱き締めてあげても、お母さんはひとりぼっちになってしまう。

町の人たちがお母さんを悪者にするんです。指をさしてあいつがあいつがって言うんです。町の人たちがお母さんを孤独にしているの。町の人たちが。町の人たちが。


たぶんね、ずっと前もこうだったんだわ。

だからお母さんはこの町がキライだったの。

そうよね、わたしもキライだわ。マリアとエヴァをひとりぼっちにする町なんて大キライ。

でも泣いたりなんてできないの。悲しくなって、もうどうにもできなくなっちゃう。

わたし、帰りたいの。あのあたたかい山小屋に。みんなであの場所に帰ったら、きっとまた幸せになれるわ。だからわたしは泣きません。絶対に、誰かの前では泣きません。


お父さんは知っていたのね。わたしたちが寂しいってこと。

お母さんにとってこの町は二回目だわ。その時のこと、もしかしたらお父さんに話しているのかもしれない。そうじゃなきゃ、ブランにお願いなんてしないわ。山小屋でいつもいっしょにいたのはわたしなんだから。


お母さんは一回目の時、どうやって寂しいから逃げていたんだろう。わたしはダメ。ナターシャが家にいて、教会にお姉さんがいるってわかってるから間の道を歩けるの。

道にあかりなんて一つもないわ。ただ、行きたい場所がわたしには光って見える。

お母さんとお父さんとブランがいる家。お姉さんと神様がわたしを待っていてくれる教会。

間の道にはなんにもない。それこそ、聖書に出てくる悪魔が木の上からわたしを見ているのかもしれないわ。それでもわたしは光の方へ歩いていく。




違うわ! いいのよ、ナターシャ、あなたは来なくても。

わたし、知ってるわ。あなた、廊下を歩いているでしょう。わたし知っているんだから。




毎晩ベッドに入る前、わたしはお母さんとお父さんのお部屋に行ってお祈りをするの。お父さんが御言葉の書かれた絵本を読んでくれる時間のあと、お母さんと一緒に目を閉じてお祈りをする。

いつも思ってたの。

誰もいないはずの廊下の奥、電気を消して真っ暗なのに、ほら。


ちいさく。


ちいさく。


「カツン」


「コツン」


そっちはわたしのお部屋の方。

誰かがわたしに会いに、ゆっくり、ゆっくりと足を動かしてる。

そんな気がしてたの。







ねえ、あれはあなたでしょ、ナターシャ。







ナターシャを抱き上げて彼女のためのイスに座らせるとね、その靴を履いたちいさなちいさな足の裏から夜の音が聴こえたわ。あの、小さな靴音は。ナターシャ、あなたのこの靴から鳴っていたのね。


ナターシャのキレイなお顔には、イタズラがバレた時みたいなはにかんだ顔が浮かんでいる。そんな気がしたの。

変よね。ナターシャはお人形なのに。

でもね、きっとそれが返事なんだわ。

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