第一章-7 あの町、この町

わたしたちは列車には乗らなかった。山小屋へ行くあの日はわたしとお母さんの二人だったことを、今度は三人で行った。遠い道を、おじさんが走らせる大きな車の中で過ごした。




その町は。




お母さんがダイキライな町だった。




わたしはキライじゃないよ。でも好きじゃない。

お父さんはわたしとお母さんを守ろうと、いつもは絶対に着ないしっかりしたお洋服に着られていた。おじさんはいつもの服だった。だから、他の人に見られないようにすぐ町を出た。

わたしはね、ワンピースよりオーバーオールの方が好きなんだ。スカートよりズボン。だっていっぱい動けるから。遊んで汚れてもズボンならいいんだ。汚すためのお洋服だからいいんだよってお母さんは笑うよ。だからズボンの方がよかった。

でもその町はダメだった。女の子はスカートをはいて、髪の毛を伸ばすの。ヒラヒラふわふわした女の子ほどかわいい子。そうじゃない子は変な子。

男の子はズボンでね、大きくなるとネクタイを首に巻くんだよ。そうじゃない子は変な子。


形が決まってるんだ。その町では。

そうじゃない人は変な人。おかしい人。ばかな人。おおばかもの。

お父さんは男の人で、お母さんは女の人で、わたしは女の子でいなきゃいけない。それがその町だった。

だからお母さんはその町がキライだった。


わたしはスカートをはいたわ。でもやっぱりオーバーオールが好きだったの。だからね、お母さんにお願いして上と下が繋がったワンピースを着ることにしたの。

お母さんもお父さんもよく似合うって笑ったわ。でも喜んではいないの。わたしがほんとはズボンをはきたいって知ってるから。

わたし、早く山小屋へ帰りたかったわ。こんなところに押し込められていたくない。お父さんもそうだってわかってたの。お母さんなんて外には出なかった。

早く、わたしたちの場所へ帰りたかった。あの山へ、山小屋へ。

ブランは元気のないお母さんといつも一緒にいるわ。わたしがお願いしたの。暖炉のないこの家はとても寒いから、お母さんをあたためてあげてねって。

誰かが来てもね、大きな犬が側にいれば近寄りにくいんだって。お父さんは誰かがこの家にやって来て、お母さんを持っていかれるのを心配してたわ。

そんなお父さんが一番頑張ってわたしたちを守ってくれてた。


夜になるとね、山小屋にいた時みたいにみんなでベッドの中でお話を聴くの。お父さんの書いたお話。

お星さまはもう見えないから、お月さまのお話になったわ。







そのお話を、窓際のイスに座るお人形が一緒に聴いてるの。


誰も知らないお人形。

わたしたちがこの家にやって来た時からずっといるお人形。もしかしたら、ずっと前からいるのかもしれない。

キレイでかわいい、ロシア人形。


そのお人形はわたしに言うの。




アタシ、ナターシャ。




そのお人形はナターシャっていうお名前だった。







この家で、わたしたちとその子の生活は始まってしまったの。


早く、あの山小屋へ帰ってしまえばよかったんだわ。




その町はわたしたちを閉じ込めてしまった。

もう、みんなで帰ることはできなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る