第一章-6 あの町、この町
産まれた時からわたしはお母さんと二人でした。お父さんのことはもう忘れたよ。 ぽっかり空いた場所にはヨセフさんがやって来た。わたしの新しい素敵なお父さん。
お父さんのお父さんとお母さんはもう亡くなってて、一度だけご挨拶しにいった。山小屋をくれたその人たちは、お花畑のすぐそばにある小さなお墓の中で眠っていた。
真っ白なユリをプレゼントしたよ。
「はじめまして、マリアです」
ちゃんとご挨拶もしたよ。
お墓にはお名前が残っていた。誰がそこで眠っているのかすぐにわかるように、おくった人は消えない名前をお墓に刻む。
お父さんには弟さんがいた。遠くの町に住んでいる大きな弟さん。お父さんと違ってお髭がふさふさなの。そうだね、大きなクマさんだ。大きくてふさふさして、お父さんとおんなじ優しいおじさん。
おじさんは遠くから何度もわたしたちを心配して山小屋にやって来た。ブランを連れてきたのもおじさんなんだよ。
お母さんの描いたお洋服に感動してね、女の人のだよ、欲しいからどこで買えるか教えてくれって大声で言ったの。好きな人にプレゼントしたいからって。
おじさんは結婚してない。でもね、好きな人がいるんだって。好きな人に恥ずかしくて好きって言えないから、お父さんにどうすればいいか訊くの。
お父さんの返事はいつもおなじ。その人に好きって言えばいいだけだよ。でもおじさんは恥ずかしがりやだからまだ言えない。
じゃあ、お母さんのお父さんとお母さんはどうだろう。
わたしは会ったことがない。お墓も、いったことがない。だからご挨拶もしたことがない。
お母さんのお母さんはお料理上手だったんだって。でもお母さんは何度練習してもうまくできない。唯一覚えたのがクリームの乗っていないスポンジのケーキ。あれだけはお母さんがしっかりお勉強したんだよって嬉しそうに言うの。
お母さんのお父さんはね、とっても厳しかったんだって。怒ると恐いの。怒らなくても恐いの。それでも好きな人の前でだけならちょっとだけ笑える、不器用な人だったんだって。
二人は仲良しで、お母さんとも仲良しだった。でも、親戚の人とはうまくいかなかった。
二人が亡くなったのは、わたしが産まれた次の日。お母さんとお父さんが離婚した日です。
離婚する理由を聞いた二人が怒って、大雨の中車を走らせたんだって。なんでそんな日にって思ったよ。でもすぐにお父さんだった人を怒らないとおかしくなりそうだったんだって。
二人は事故で亡くなりました。
親戚の人たちは二人をおおばかものだって言ったそうです。でもね、その人たちは知らないの。二人がどんな人に会いに行ったのか。どうして会いに行ったのか。
お母さんは離婚の理由を親戚の人たちに言わなかったそうです。それは産まれたばかりのわたしのため。
あとでわたしが何か言われたらかわいそうだって、お母さんは二人以外にその理由を言わなかったそうです。
お母さんはお家を親戚の人たちにあげました。そして小さな町のアパートにやって来たのです。
親戚の人たちはお母さんのことをこう言います。
おおばかものの子はおおばかものだ。なら、その子どももおおばかものだ。
お母さんは親戚の人たちがキライなの。だから絶対にお家に帰らない。お家があった町に、絶対帰らない。
そこには親戚の人たちと、お父さんだった人が暮らしているから。
わたしたちは、その町に呼ばれてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます