2.犯人候補と推論、そして返礼品


「――で、いた?」

 翌々日、学校の裏庭の片隅にて、女子高校生探偵マリと女子子高校生ワトソン役ミキは二人でひそひそ話をしていた。

「ええ、幸いにもいました。小川おがわ刑事が関わっていて、素直に教えてくださいましたよ」

 にっこりと笑って、小首を傾けるマリ。ミキは知っている、この笑みが悪魔の微笑と、一部で言われていることを。何せマリは、複数の刑事の弱味を掴んでおり、それをネタにして、捜査の情報を少々漏らしてもらっているのだ。解決できた場合、手柄はその刑事に譲るし、見返りは求めていない。あくまでもマリの探偵活動欲求を満たすために行っている。

「土井垣さんが残した日記の一部と、関係者のリストをコピーしてもらったわ。その中で土井垣さん殺害の動機がありそうな人の情報についてもね。とりあえず全員を対象に、ササ氏及び“ささくれ”に当てはまりそうな人をピックアップしてみたの」

「あら? ダイイングメッセージは“ササくレ”じゃなく、“ササくん”と読むんだと考えたんじゃあないの? マリってば、日記にあったササ氏探しに焦点を絞ったみたいな口ぶりだったから、てっきり……」

「もちろんそうよ。けれども、可能性がある内には、“ささくれ”と読む場合も除外しない。もっと言えば、田端さんの伯父さんがそのまま犯人だったとしても、不思議じゃない。呉之介さんて休職していて独り暮らしだから、アリバイがないのよね」

「なんともはや……。ま、いいけど。該当者はどれくらいになりましたかね、名探偵さん?」

「関係者について与えられた情報は、名前の他には職業、性別、年齢、大まかな所在地。これらの項目を見て、被害者からササと呼ばれるか、“ささくれ”と認識される要素があれば、該当者として見なすことにして、半日ほど費やした結果、呉之介さんを除くと三人に。いずれも結局は名前に絡んでの理由付けでね」

「三人とは凄い。って元が何人いたのか知らないけど。んで、何て人がリストに残ったの」

十川とがわ酒向さこう草薙くさなぎの三名よ」

 生徒手帳の一頁に、名前をすらすらと書き付けるマリ。ミキは「えーと、詳しい解説を求む」と戸惑いの色を見せた。

「十川は被害者が意識朦朧として、十の字を四回も書いてしまったと想定してみたの」

「……ああ、十十十十でササ!」

「川という字も、虫の息で書けば曲がったりつながったりし、“くレ”という形になってしまうかも」

「うーん、なかなかユニークだけれど、可能性は低そう」

「私自身、そう感じていたので、何か打ち消す材料はないかしらと、日記をこまめに読んでみたわ。するとソガワという人物がよく出て来ることに気付いた。どうやら土井垣さんは、十川をソガワと記すようにしていたみたいなのよね」

「何でよ。片仮名にするのはいいけど、普通にトガワでいいじゃないの」

「同じ疑問を持ったから、理由を想像しながらまた読んでみた。すると、トガクという表記が前の方にいくつかあった。彼女の知り合いに富岳とがく先生がいたわ」

「えっと、つまり、トガワと書くとトガクと見誤るかもしれないから、わざとソガワって書いていたってこと?」

「だと思う。確証はないけれども、この土井垣という人は、よくそういう置き換えをしているのよ。とにかく、この十川という人物は犯人じゃなさそうだと判断した。日記にあるササ氏とは明らかに別人だし、ダイイングメッセージに当てはめるのにも無理が大きい。加えて、これはまだやってもらっていないのだけれども、防犯カメラの映像を仔細に調べれば、きっと書き順の違いが分かると思うの。十十十十とササではね。警察がササで通そうとしているからには、ササの書き順なんでしょう」

「なるほどね。次の酒向は何で?」

「指にできるささくれを、別名何というか知っている?」

「はい? ええっと、さかむけ、だっけ?」

「その通り。もしも土井垣さんが酒向という知り合いを、“さかむけ”と認識していたとしたら、ダイイングメッセージには“ささくれ”と残す可能性がわずかながらある、でしょ?」

「そ、そうかな。少なくとも知り合いの人名を、どう発音するか知らずにいるなんて、なかなかなさそうな状況だと思うよ」

「面白いことに、土井垣さんはこの酒向とはメールでのやり取りしかしておらず、実際に会ったことはもちろん、電話で話したことすらないそうよ」

「へー。でも、だからってねえ」

「そこで調べてもおうとしたの。酒向という人のネット関連のIDが、名前の読みを示唆しているかどうか。たとえば@sako みたいな。返事は早かったわ。その人物は海外在住でアリバイ成立しているから無視してよい、って」

「な、何それ。完璧なアリバイのある人は外したリストをくれればいいのに」

「ほんと。まあ、三人目が最も怪しいと睨んでいたから、問題はなかったわ」

「そうだわ、草薙はどうして該当者になったのよ」

「画数が多い漢字かつ、二文字ともくさかんむりだから」

「え」

「土井垣さんから見て大学の後輩で、顔見知りになったのは、日記にササ氏が登場する少し前で辻褄が合う。草薙をいちいち漢字で書くのを面倒に思ったとしたら、どうするか。くさなぎ・クサナギと仮名にするのもありでしょうけど、それ以上に簡単なのはくさかんむり二つを並べてササと書いちゃうことじゃない? 他にササと間違えるような知り合いがいないのであれば、充分に合理的でしょう」

「ふむ。マリがそう言うからには、他にササと間違えてしまいそうな人はいなかったんだろうね。あ、でも、田端さんの叔父さんは? 佐々木呉之介なんだから」

「日記では一貫してゴノと綴っていたみたいよ」

「ゴノ? そっか、くれを読み替えたわけだ」

「多分ね。警察ったら、このことを把握しておきながら、ササを佐々木呉之介さんと結び付けようとしていたのね。大方、一旦別れたのだから呼び方を変えたんだろうとでも解釈していたんでしょ。

 それで、ミキちゃん。いつものようにあなたの意見を聞きたいのだけれど」

「うん、いいんじゃないの。該当者の絞り込みが適切に行われたというのが条件だけれども、マリならその辺りの遺漏はないだろうから」

「よかった。残る心配は、リストそのものに漏れがあった場合ね。施設の職員の名前が一人もリストにないのが気懸かりで、念のために調べたんだけど」

「そこまでやる?」

「だって、気になるでしょう。実際、佐々勝夫さっさかつおという中年の男性職員がいて、焦ったのよ。幸いと言ってはなんだけれども、事件発生当時は、足首を骨折して車椅子生活だったから、反抗は無理と結論づけられたわ」

「はあ。とにもかくにも、マリの徹底ぶりがよく分かるわ」


 その後、マリは小川刑事から事件解決に多大なる貢献をしたお礼だとして、二つの品物を受け取った。

「危うく誤認逮捕するところだったのを忘れず、教訓とするため、レシートは僕が大切に保管しておく」

 小川刑事がそう言って置いて行ったのは、笹かまとクレヨンだった。


 おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイイングメッセージは“ささくレ” 小石原淳 @koIshiara-Jun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ