ダイイングメッセージは“ささくレ”

小石原淳

1.駄弁りと依頼

 夕日が射し込む教室の窓際の席に、女子高校生探偵マリと女子高校生ワトソン役ミキが前後して座っていた。

「――ふうん、ミキちゃんて、冬場でも冷たい水でお手伝いしているのね。ところでパンダの妖怪って知っているかしら?」

「何その藪から棒の話題転換。パンダの妖怪なんて聞いたことないなあ。どんなの?」

「今、ミキちゃんの指先の辺りにできているものだよ、ワトソン君」

「ミキちゃんかワトソン君かどっちかにしてくれ。で、私の指? 何のこっちゃ」

「パンダ妖怪・笹くれ~、なんていうのはどう?」

「つ、つまらん」

「奥さんは走って逃げた。妻RUN」

「しょーもないって言ってるとこへ、重ねてくるかい?」

「ショー・モアイは、イースター島で開催するショー……ちょっと苦しいかしら」

「だいぶ苦しい」

「ダイブと言えば――」

 てな具合に、放課後の教室に二人残って、取るに足らない話を長々と続けているところへ、唐突に依頼人が飛び込んで来た。

「あ、まだいた。よかった」

田端たばたさん、どうかしたの? だいぶ前に帰ったはずでは」

 お下げ髪の同級生にミキが話し掛けるも、すぐには返事がない。乱れた呼吸が整うのを待つ。

「依頼、したいことができて。飛んで、引き返して来た、の」

「そんなに慌てて戻って来るからには、よほどの大事件みたいね。殺人とか」

 マリとミキは依頼受け付け専用の携帯端末を持っている。だから、犯罪と呼べないような案件は、そちらで受け付け、さらにふるいに掛けている。要は選り好みをするのだ。

「まさか殺人だなんて」

 ミキがマリの言葉を打ち消そうとするのへ、田端は首を左右に大きく振った。

「そのまさか。私の叔父さんが殺人の容疑を掛けられて、警察に話を聞かれてるって、今日家に帰ったらお母さんから教えてもらって。お母さんはお父さんから電話で聞いたって。ほら、私のお父さん、記者してるから。叔父さん凄く優しくていい人だから、信じられなくて」

「ちょっとストップ。私の直感が当たってしまったのがよくなかったようね。順序立てて話しましょうか」

「え、ええ」

 そうして田端が語った事件の概要は次の通り。

 叔父は二十六歳、名は佐々木呉之介ささきくれのすけと言う。名付け親がある男優の大ファンであり、まったく同じは畏れ多いからと、こんな微妙な名前にされたらしい。大学を出たあとは会社勤めだが、現在軽めの鬱症状が出て、休職中だった。

 亡くなったのは、土井垣珠恵どいがきたまえという大学院生で、呉之介の元恋人。市の屋内運動施設の廊下で倒れているのを他の利用者が見付け、救急車で運ばれたが死亡が確認されたという。

 捜査の詳細までは、さすがに田端家に伝わっていなかったが、呉之介が重要参考人扱いで連れて行かれたのは、現場である廊下にあった血文字、いわゆるダイイングメッセージが理由だった。

「実物がどんなのか、写真なんかはないけれども、こういう具合だって」

 田端が出したメモ書きを、マリとミキで見入る。そこには、


   ササ

   くレ


 という風な字が記してあった。レの字だけは他に比べるとかすれており、平仮名の「ん」や漢字の「人」にも見えなくはない。

 マリは右手人差し指を立て、「先に確認しておきたい点が一つ」と質問を始めた。

「このメッセージは、間違いなく土井垣さんが遺したと言えるのかしら。犯人やその他第三者が書いたり改竄したりした恐れがあるのなら、それを考慮に入れなくては」

「だね。普通、被害者が書いたかどうかなんて、誰にも言い切れないもんだし」

 ミキが期待しない口ぶりで言い添えた。けれども、田端からの返答は違った。

「土井垣という人が書いたもので決まりみたい。というのも、廊下には防犯カメラがあって、ちょうど書くところが映っていたと聞いたわ」

「え、待って待って。防犯カメラがあったのなら、犯行の模様や犯人自体も映っていたんじゃあ……」

「ううん。廊下のすべてをカメラはカバーしていなくて、一部だけなの。レンズの向いた範囲に、土井垣という人がふらふらと歩いて入って来て、ぱたりと倒れて、それから血文字を書いて動かなくなった、という状況」

「ふうん、分かりました。では血文字の検討に移ります。ささくれと読めるけれども、これが根拠なの? 田端さんの叔父さん、あだ名で“ささくれ”とでも呼ばれていたのかしら」

「ううん、そんなことはなかったはず。私が知っている限りじゃ、全然」

「でもあまり嬉しいニックネームではなさそうだから、身内には隠していたのかも」

 ミキが穿った見方を示すと、田端は「そんな」と反応したものの、完全には否定しきれない様子を見せた。

「動機はあるのかしら」

 マリが切り替えて聞く。

「元恋人の関係にあるからって、何でもかんでも殺意が芽生えるものではないでしょう?」

「うん、そうなんだけど」

 二人の別れは呉之介の大学卒業を機としたもので、特に後を引くものではなかったと周囲は見ていた。けれども、ある理由から警察は佐々木呉之介に動機ありと踏んだ。

「土井垣って人、簡単な日記を手書きで付けていたらしいのよ。研究や勉強とは無関係の、日々の雑記みたいな内容で、そこに何度も出て来るのが『ササくん』って書かれている、多分男性がいて。痴話喧嘩っぽいことを愚痴っていたとかどうとか」

「そのササ氏が田端さんの叔父さんだという確たる根拠はあるのかしら」

「さあ、そこまでは。でも確たる根拠と呼べるレベルじゃないと思う。日記から、土井垣って人はササ氏と割と頻繁に会っていると読めるのに対し、叔父さんは別れて以来、ほとんど会ったことないはずよ」

「ならば、そもそも別人である可能性が高そうだけれど、警察はそう取ってはくれなかった……」

「みたい。被害者の知り合いに、他に“ささ”と関連付けられるような人がいなかったらしくて、やむを得ないと思われている」

「関係者、他に動機のあるそうな人物って分かります?」

 探偵に問われた田端は、ほとんど間を置くことなく強くかぶりを振った。

「無理。だからこそと言ったら変だけど、あなたに依頼しに来たのよ。知り合いに刑事さんがいるんでしょ?」

「まあ、いるにはいますが、土井垣さんが殺された事件の捜査に関わっているかどうか分かりませんし、仮に関わっていたらいたで、簡単には教えてもらえません」

「そんなあ」

「いえ、もちろん努力はします。この依頼、受けます」

 分かりづらい小さな笑みを浮かべたマリは、手のひらを胸の真ん中に当てて請け合った。


 つづく

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