第23話 がらくた山の宝⑤

 レイクがコレクションを拝見したいと丁重に頼んだところ、ローマン伯爵夫人は突然の願いにもかかわらず喜んで彼を屋敷に招き入れた。


「マダムは宝石のコレクションはお持ちですか? そちらを拝見したいのですが」

「まあまあ! 宝石がお好みで? いいですよ、すぐに持ってこさせます。そうですね。ブラウエル侯爵家なら宝石にも詳しいことでしょう。きっと満足していただけるはずです。ええ、私の友人は皆素晴らしいコレクションだと褒めてくださったんですの」


 メイドのラヤがコレクションを運んでくる間、夫人は熱を込めた口調で美術品に対する愛情をこれでもかと言わんばかりに語った。十分足らずの間であったがそれは苦行とも呼べる時間だった。辛抱強く耐えぬくことに成功したレイクは、自らの忍耐力を称賛した。


 ようやく夫人のコレクションを目にすることができた彼は、一つずつ丁寧に取り出していく。色鮮やかな宝石の数々がテーブルの上に並んでいくのを、夫人はうっとりした目で眺めていた。


「一つお訊きしたいのですが、このコレクションを最近サイラスさんにもお見せしましたか?」

「そうです。よくご存じですね。一ヶ月くらい前だったと思います」


 夫人の答えはレイクが事前に予想した通りだった。

 彼はコレクションの中から赤い宝石に注目しながら、じっくり観察する。やがて、彼は目当ての物を発見した。


(やっぱりそうだ)


 彼は一つの宝石手に取り、顔の前に翳した。

 ローマン伯爵夫人は自慢げに言った。


「それは南部のアドラキス山の周辺で産出されたものです。あの辺りは火山地帯で火属性の魔力鉱がよく採れるのはご存じかしら? その宝石は有名な職人が加工したもので七万エルもしたんですの」

「ほう、それは素晴らしい」


 レイクは燃えるような赤い宝石――アマリががらくた山で拾った偽宝石とまったく同じデザインのそれを意味深に見つめた。




 それからしばらくの間夫人の自慢話を適当に受け流したレイクは、ようやくの思いでローマン邸を後にした。

 同情するような目つきのラヤに見送られた彼は、すぐに待機していたアマリと落ち合った。


「思ったとおりだ。夫人のコレクションの中に偽物とまったく同じ色形をしたものがあった。偽物は夫人のものとすり替えるために用意されたんだ」

「やっぱりそうなんだね」


 レイクの導き出した結論にアマリは驚きを見せることなく、ただ一度大きく息を吐いた。


「マロイ子爵も同じ手口でやられたんだね?」

「ああ、彼が買った宝石は本物だった。それを後からサイラスがすり替えたんだ。マロイ子爵はサイラスにコレクションを自慢していて、何度も彼に見せていた。サイラスは子爵の目を盗んで宝石の写真を撮り、それを元に偽物の宝石を用意した。後はまた宝石を見たいと頼み、すり替えた」


 アマリは厳しい面持ちで言った。


「そして、その偽物を用意したのがジェラルド・ホフマンなんだね?」


 レイクは答える。


「ああ、ホフマンは過去の一件で直接偽物を売りつけるのは危険だと考えた。既に一度疑われているし、二度目はないと思ったんだろう。そこで今度は他人が所有する高価な宝石を偽物とすり替えるやり方を思いついた。その実行犯として選ばれたのがサイラスだったんだ。もしかすると同じような実行犯が他にもいるかもしれない」


 アマリは家庭教師斡旋所の所長から貰ったリストの内容を思い出した。サイラスが受け持った生徒の家には貴族の子弟が何人かいた。


「サイラスは生徒の家の内情を調べて、高価な宝石を持っていそうな奴を見繕っていたんだね。宝石にも詳しいと触れて回れば、コレクションの自慢をしたい奴の一人や二人引っ掛かるだろう。そうしてマロイ子爵やローマン夫人も狙われたってことか」


 ふと、アマリはリン・クレファーの顔を思い出した。彼女はサイラスに宝石を見せたという話はしていなかったので幸い被害には遭っていないだろう。もし彼女も被害に遭っていれば、一度懐に迎え入れた相手には優しいレイクがどんな反応を見せただろうかと想像した。


 アマリは言った。


「だけど、サイラスは突然姿を消して、さらに偽物もがらくた山に捨てた。これはどういうことなんだい? ローマン夫人の宝石とすり替える計画はどうなったのさ?」


 困惑に満ちた問いにレイクは答える。


「サイラスは姿を消す前日に邸の前で例の男と会っている。恐らく男との間で何かあったんだ。それが奴が消えた原因となった。がらくた山に偽物を捨てたのも、宝石のすり替えを諦めたことを意味している」


 思考に思考を重ねたアマリは、うんうんと唸る。


「うーん、一体何があったっていうんだい? ホフマンもそのあたりの事情を知ってるの? 消えたのもホフマンの指示ってこと?」


 レイクは否定した。


「いや、多分消えたのはサイラスの独断だ。サイラスが宝石を捨てたのは消えてから四日目の夜だ。ホフマンと相談した上で計画を破棄したなら、もっと早く処分しているはずだよ。がらくた山に捨てるという手段も雑だ。ホフマンが俺たちが考えているとおりの悪党なら、証拠として残りにくいようにしっかり砕いて処分するだろうさ」

「確かにそうだね。サイラスの行動は抜けているところがある」


 アマリは納得すると小さく頷いた。


「しかし、これからどうすればいいんだい? ホフマンの尻尾を掴むのが最善なら、やっぱりサイラスの居所を突き止めるほかないだろう?」


 アマリが言うと、レイクは考え出した。


「……サイラスの失踪が予定外の出来事なら、彼が事前に準備を整えていたわけがない。それなら単独で逃げ回っているというのは無理がある。必ず協力者がいるはずだ。サイラスはここ数年昔の友人との付き合いを絶っているから、候補は絞り込めそうだ」

「そういえば友達との関係を断っていたのは、やっぱりホフマンの協力者になって盗みに手を貸したのが原因?」


 アマリがふと気づいたように訊ねる。

 レイクは憐れみを顔に見せながら言った。


「昔の友達ならサイラスが芸術家を目指していたことも知っていただろうし、応援もしていたんじゃないか。そんな彼らに今は人様の宝石を偽物とすり替える仕事をしているなんて言えるはずもない。恥と後ろめたさに苛まれて逢うのが億劫になったんだろう」


 アマリは呆れかえった。


「そんなこと考えるくらいなら最初から犯罪に手を染めなきゃよかったんだよ!」

「まったくだ。恐らくは金に困っていたところをホフマンに目をつけられたんだろう。悪いことだと思いながらもホフマンに乗ってしまった。まあ、最初からやらなきゃよかったってのはその通りだ。ホフマンを嫌っていたのも彼なりの精一杯の抵抗のつもりだったんじゃないかな。もっとも――」


 レイクはそこで言いかけて黙り込んでしまった。アマリは不思議そうに彼の顔を見つめた。だが、レイクはその先を言葉にすることはなく話題を切り替えた。


「すべてはサイラスを見つけて問い質せば済む話だ。あとは誰が匿っているかを知るだけ。姉のエイミーは俺に捜索依頼を出しているから考えにくい。ネッドに聞いた話ではエイミーの家には通いの家政婦がいるらしいから誤魔化すのも難があると思う。可能性があるなら一人暮らしで、かつサイラスと親しい人物――」


 突然アマリが大きな声を出したため、レイクの言葉は遮られた。彼女は唇をわなわなと震わせながら驚愕に満ちた表情で叫んだ。


「ああ、なんてこった! 今やっと思い出したよ! なんで昨日気づかなかっただろうね!」


 レイクはきんきんと耳に響く声に、顔を顰めた。


「その様子だと重要な事実に気づいたみたいだけど、どうしたの?」

「サイラスの居所だよ! 奴がどこに匿われてるか分かったんだ! 目の前に手掛かりがあったのにずっと見落としてたんだよ!」


 アマリは血相を変えて叫び続けた。


「へえ、その手掛かりってのは何かな?」


 レイクは彼女を落ち着かせるように、低い声で発音を強調しつつゆっくりと訊ねた。

 アマリは興奮を抑えながら言った。


髭剃り・・・


 レイクは無言で先を促した。アマリは己の失態を悔やみ、額に手を当てた。


「斡旋所の連中が言ってたのを思い出したのさ。ディアナ・アッシャーは女の一人暮らしだって。男物の髭剃りを買う必要はないんだよ」


 アマリの脳裏には、昨日雑貨店で買い物をしていたディアナの姿が思い起こされていた。




 二人は公衆電話から家庭教師斡旋所へすぐに電話をかけ、ディアナ・アッシャーがいるか確認した。相手の返答を受け取り、アマリは手短に礼を述べて受話器を置いた。


「ディアナは今日休みをとっているそうだよ。出掛けているんじゃないなら家にいるはずだ」

「善は急げだ。すぐに向かおう」


 ディアナの住所は事前に調べていた彼らは、タクシー乗り場へ向かう。乗り場には都合良く二台のタクシーが待機していた。二人は急いで乗り込むと、運転手にカリム区にあるディアナの住所を告げた。


 タクシーが走り出した後、レイクは後方を確認する。


「ふうん」

「どうしたんだい?」


 レイクが笑みを浮かべたのを見て、アマリが訊ねた。


「後をつけられてるね。もう一台のタクシーが追って来てる」


 アマリが目を細めた。


「それってまさかお前さんを尾行していた奴かい?」

「ああ、サイラスに会いに来たという男だろう」

「このままサイラスの所へ連れていくことになるのは不味いんじゃないかい? 撒いた方がいいんじゃ……」


 懸念を表明するアマリに対して、レイクは笑みを深める。


「いや、問題ないよ。このまま行こう」


 彼の表情には事態が悪化しないという確信が秘められていた。アマリはそれを理解すると、それ以上何も言わずに車の揺れに身を任せた。

 目的地に到着したのは十分後だった。タクシーから降りた二人は、ディアナ・アッシャーが住む集合住宅を見上げた。彼女が住んでいるのは三階の角部屋だった。

 二人はエレベーターを使わずに階段で上がる。二階へ上がった時、アマリはもう一台のタクシーから降りる男の姿を目に留めた。

 そのまま三階まで上がり、ディアナ・アッシャーの部屋のブザーを鳴らす。数秒の後、彼女が応答した。


「ディアナさん、アマリ・デイビアスです。お休みのところ申し訳ありません。少しだけお時間いただけますか?」


 アマリが余所行きの言葉遣いで丁寧に答えると、中から足音が近づいてくる。扉が開くと顔色が優れないディアナが立っていた。


「すいません。今はちょっと中が散らかっていて……立ち話でよければ伺います」


 彼女は部屋の奥をちらちらと窺っている。レイクは部屋の中にもう一人の気配が潜んでいることを感知した。


 アマリは言う。


「いえ、実は用があるのは貴女ではなく、奥にいるサイラス・ベールさんです」


 その言葉を聞いた瞬間、ディアナの顔色は一層悪くなった。彼女は振り向くと叫んだ。


「サイラス!」


 レイクが部屋の中に踏み込むのと、部屋の仲で大きな物音が立ったのはほぼ同時だった。レイクが踏み込んだ先では、一人の青年が窓を開け今まさに飛び下りようとする場面だった。レイクはすかさず風属性の魔術を展開し、部屋の中央に向けて吹き込む風を生み出す。窓枠に足をかけた青年がバランスを崩して後ろに倒れた。

 倒れた青年の身体を抑え込み、レイクは言った。


「いくら風属性に適性があるとはいえ慌てた状態で飛び下りるのは良くないな。そう言う場合は大抵魔力操作に失敗して地面にキスする羽目になるんだ」


 サイラス・ベールは絶望した表情で、自分を抑え込むレイクの顔を見上げた。

 ディアナが玄関から真っ直ぐ飛び込んでくる。彼女はレイクに縋りつき、サイラスの名前を何度も呼びながら解放してほしいと懇願し始めた。

 駆けつけてきたアマリは、涙を流すディアナを必死に宥める。


「まあまあ、落ち着きなよ。泣いてたらろくに話もできないじゃないか。アンタそいつに本当に惚れ込んでいるんだね」


 レイクは肩をすくめる。


「惚れた相手じゃなきゃわざわざ匿わないよ。いつ頃から交際をしているかは知らないけど、逃亡生活を援助するくらいだから相当深い仲なんだろう」


 サイラスは悔しそうな顔で言った。


「アンタらが俺を追っていた奴等か? 姉さんに雇われたって聞いたが本当なのか?」

「本当さ。貴方のお姉さんは心配していたよ。恐らく彼女は君が姿を消した理由についてまだ何も知らない・・・・・・・・


 レイクの言葉に、サイラスは身体を硬直させた。

 その時、玄関の方から誰かの足音が聞こえた。

 レイクはアマリに目配せする。彼女は家主に代わって新たな来訪者を出迎えるため玄関に向かった。

 ほどなくして、アマリは一人の男を連れて戻ってきた。正体不明の尾行者がアマリの後ろに立っていた。彼は少し不機嫌そうな顔で、部屋にいる面々を見回した。


 レイクはサイラスを解放すると、ゆっくりと立ち上がった。彼はサイラス、ディアナ、尾行者の顔を順に見つめた。


「さて、事件もいよいよ佳境に差し掛かった。ここで一度お互いの情報を突き合わせてみようじゃないか。皆もそれでいいだろう?」

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