第22話 がらくた山の宝④

 ブラン・アルケインのオフィスは帝都警察のビルの五階にある。

 レイクが来訪者用の受付で名前を告げると、待機していた職員は速やかに彼を刑事部長のオフィスまで案内する任務を遂行した。レイクと案内の職員は昇降機で五階まで上がり、出てから廊下を左に真っ直ぐ進む。刑事部長のオフィスは廊下の一番奥に位置していた。


 部屋の中にはブランが既に待っていた。

 レイクが来客用のソファに腰を沈めると、ブランは言った。


「貴方の口からジェラルド・ホフマンの名前が出てくるとはね」

「何か裏がありそうな男だったから、念のため訊いて良かったよ。やっぱり過去にも警察の捜査で名前が挙がったんだ」

「残念ながら起訴には至らなかったけどね」


 そう言って彼女はレイクの前に数枚の資料を差し出した。


「三年前、イスメラ区で営業していたある宝石販売業者から宝石を購入したという男性が、偽物を売られたと刑事告訴したの。南部で産出された水の魔力鉱を売るという話に釣られて買ったら、真っ赤な偽物だったという話ね。この事件を担当したグレイヴス二等捜査官はその業者について捜査し、結果クロだと判明して業者は逮捕されたわ」


 レイクが手にした一枚目の資料には、逮捕された販売業者に関する情報が記されていた。一通り目を通しながら、話の続きに耳を傾けた。


「問題となったのは偽物の宝石の入手先よ。グレイブスが業者に尋問したところ、そいつに偽物を売ったとされる人物の存在が明らかとなったの。業者は直接その人物と会ったけど、顔を隠していて素性は分からなかったと証言したそうよ。グレイヴスはこの人物の正体を突き止めようとした。捜査の過程については説明を省略するわ。その結果、有力な容疑者が一人浮上した。表向きは美術商という肩書だったそいつこそ――」

「ジェラルド・ホフマンだったというわけか」


 ブランは頷いた。


「グレイヴスはホフマンを洗い、彼が偽物の宝石の出所だと確信した。ただ、決定的な証拠に欠けていた。起訴できるかは微妙なところで大分悩んだみたい。グレイヴスはどうにか上に掛け合ってホフマンの逮捕にこぎつけた。だけど、最後は証拠不十分で釈放になったそうよ」

「その後、捜査はどうなったの?」


 レイクが訊ねる。ブランは溜息を吐いて答えた。


「ホフマン以外に疑わしい人物を探したけど成果はなかったそうよ。そうしているうちに担当していたグレイヴスが帝都警察を退職しちゃったの。後を引き継いだ捜査官も大した成果は挙げられず、捜査は完全に行き詰っているというわけ」

「ところが今になって奴の名前がまた出てきた。そして、今回もまた偽物の宝石が絡んでいる」


 レイクは資料に添付されているジェラルド・ホフマンの写真をじっと見つめた。


(宝石詐欺の疑いをかけられたホフマン。ホフマンと仲の悪いサイラス。そのサイラスが偽物の宝石をがらくた山に捨てた。なら、この宝石の出所は――?)




 アマリ・デイビアスはクレファー邸を後にすると、サイラス・ベールの学生時代の友人を訪ね歩いた。

 幸いにしてサイラスの友人の多くは、今も帝都に在住していた。アマリはトライド区、バルドア区、カリム区、クロス区と順に訪ね、最後にイスメラ区へ辿り着いた。

 訪問相手は皆アマリに快く応じてくれた。ただし、サイラスの行方を知る者は誰一人としていなかった。それどころか彼らはここ数年サイラスが音沙汰なしだったことに、皆首を傾げている様だった。


 彼らとの会話を思い返しつつ、アマリは考える。


(サイラスは人付き合いの良い男だと云われている。だけど、この二年くらいは学生時代の友人との関係をほぼ完全に断っている。昔はそんなことなかったっていうのに。だけど、斡旋所の連中とは普通に親しくしてるんだよね。つまり、昔を知る人間にだけ会おうとしてないってこと。どうして?)


 アマリの手帳にはサイラスの友人の名が書き連ねてある。彼女はそれらを取り消し線で上書きしていった。サイラスと親しい友人の中に、彼の行方を知る手掛かりを持つ者はいなかった。

 そうして名前を消していき、最後に残ったたった一つの名前を見つめる。


(昔の友人知人の中で今も付き合いがあるのはディアナ・アッシャーだけか)


 アマリは昨日家庭教師斡旋所で目にしたディアナ・アッシャーを思い出した。蒼白な顔をして出ていった彼女。あの場所でサイラスと一番親しいと云われた女。


 アマリの足は自然と家庭教師斡旋所のある方角へと向かっていた。


 彼女が到着したのは夕方の五時過ぎだった。オフィスのある二階を見上げ、まだディアナはいるだろうかと考える。

 その時、ビルの玄関から出てくるディアナの姿が目に入った。

 アマリはたまらず彼女の方へ向かう。


「ディアナ・アッシャーさんですね?」


 呼びかけられたディアナは一瞬肩を震わせたが、すぐに平静を取り戻した。


「……ああ、貴女は昨日うちの事務所に来た」

「アマリ・デイビアスです。お帰りになるところ申し訳ありませんが、よければサイラスさんの件でお話を伺ってもよろしいですか?」


 ディアナは道路を挟んだ向こうを見やった。


「これからすぐそこの雑貨店に買い物に行くんです。そのついででいいのなら……」

「勿論大丈夫ですよ。私もちょうど買う物がありますから」


 二人は並んで道を往く。小柄なアマリと長身のディアナが並ぶと端からは姉妹のように見えた。


「それでどんなことを訊きたいんですか?」


 ディアナが言うと、アマリは予め頭に思い浮かべていた質問を提示する。


「まず、サイラスさんの交友関係についてです。サイラスさんは以前は学生時代の友人とよく会っていたんですが、二年前から関係を断っているみたいなんです。今の彼と付き合いがあるのはアッシャーさんだけです。この理由について何かご存じではありませんか?」


 ディアナは即座に首を振って答えた。


「ううん、知りませんね。サイラスの友達とはそんなに親しくなかったから……彼がそういう話をしたこともないし」

「彼と一番仲が良かったんですよね? 何か愚痴を漏らしたとかは?」

「いいえ、彼は誰かの不満を口にするような性格ではないので」


 それはそうだろうな、とアマリは思った。彼女は別の角度から攻めることにした。


「ちなみに、アッシャーさんとサイラスさんはどれくらい仲が良かったんですか? 仕事を紹介するくらいには親しかったんですよね?」


 質問をした後、少しだけディアナの瞳が揺れたのをアマリは見逃さなかった。

 ディアナはアマリが自分の表情を観察していることに気づかずに言った。


「……中等学校を卒業して以来会っていなかったんですが、四年ほど前に偶然街で再会したんです。その際に互いの近況を語り合ったら思いのほか気が合って。それから暇を見つけては会うようになったんです」


 ちょうどその時、二人は雑貨店に到着した。ディアナが先導して店内へ足を踏み入れ、アマリがその後に続いた。

 二人は食料品売り場を回り、品物を次々に買い物かごへ詰めていく。アマリは豚肉と魚、それに野菜を数種類買った。ディアナは牛肉の塊と魚を二つずつ、卵、小麦粉、それに砂糖の袋を詰めたかごを重そうに手に提げている。


 アマリは嗜好品の酒と菓子を見繕いながら訊ねた。


「聞いたところによると、サイラスさんに仕事を紹介したのは四年前らしいですね。ということは再会した頃に?」

「ええ、そうですね。ちょうど同じ頃にお姉さんが芸術家として売れるようになってきて、サイラスも少し焦っていたそうです。大学に通いながらコンテストに作品を出品していたそうですけど全然評価されなくて。しばらくは作品の制作が止まっていたと言っていました。それに生活費をどう工面するかも悩んでいたんです。そこで私が美術の家庭教師の募集があるのを思い出して、やってみないかと誘ったのが切っ掛けでしたね」


 ディアナは小ぢんまりとした化粧品の棚を見ながら答えた。そうして化粧水と洗顔料、使い捨ての髭剃りを選び、かごへと入れていく。

 アマリはディアナの警戒心が薄まっていることを悟ると、一番訊きたいことを切り出した。


「もう一つ伺ってもいいですか?」

「何です?」

「サイラスさんは最近宝石を手に入れたという話を貴女にしませんでしたか?」


 不意打ちの効果は絶大だった。ディアナの身体は目に見えて分かるほどに硬直した。

 それでも彼女は棚に顔を向けたまま、表情を隠すことに成功した。


「いいえ――そんな話は聞いてません」

「そうですか。ありがとうございます」


 アマリは礼を述べた。そして、心の中で呟いた。


嘘つきダウト




 その日の夜、レイクの家の居間で家主とアマリは顔を突き合わせていた。


「事件の輪郭は大体掴めたと思う。ちょっとまとめてみよう」


 レイクはそう言うと黒塗りの万年筆を取り出し、テーブルの上に広げられた資料に書き込みだす。


「最初が三年前だ。ジェラルド・ホフマンは宝石詐欺事件の黒幕として名が挙がり、帝都警察は奴の尻尾を捕まえようとしたが失敗した。それからも奴の動向を探っていたらしいが、結局何も見つからなかった」

「ホフマンはそれより前――今から四年前だから、詐欺事件の前の年にエイミーの作品を評価してパトロンになってるんだね。作品の販売も手掛けていて、エイミーは芸術家として売れるようになった」


 レイクは広げられた資料の中にあるエイミーの写真を万年筆で突いた。


「そうだ。ホフマンは気に入った芸術家に支援することが過去にもあったそうだが、エイミー・ベールは特にお気に入りみたいだね。それから少し経ってサイラスとホフマンはエイミーの個展で知り合っている。二人の仲は悪いと――正確にはサイラスが一方的といえるほどに嫌っていたと店の従業員から証言が得られている」

「でも、それなのにサイラスはよく会いに来ていたんだろう?」


 レイクはアマリの問いに答えた。


「ああ、二人が頻繁に会うようになったのはここ二年くらいのことだそうだ」

「二年前からね……」


 アマリは意味深に言った。彼女が何を考えているのかレイクには理解できた。彼もまた同じことを考えていた。


「そう二年前だ。マロイ子爵の偽宝石騒動も二年前。サイラスが友人との関係を絶ったのも二年前だ」

「二年前に何かあったってこと?」


 レイクは頭の後ろで両手を組み、ソファにもたれかかった。


「恐らくは。さらに、エイミーは例の男について何か心当たりがあるようだった。そして、それを隠すからには理由があるはずだ」

「ディアナ・アッシャーもサイラスが宝石を手に入れたことを間違いなく知ってたね。しかも隠すってことは他人ひとに知られると不味い話だとも自覚してる」


 誰も彼も隠し事ばかりだなとレイクは心の中で愚痴を零した。


「そして、一番の疑問はサイラスはどこで偽物の宝石を入手したか? 何故それをがらくた山に捨てたのか? 何故姿を消したのか?」

「普通に考えれば宝石の出所はホフマンだよね?」


 レイクはそこで何か考えるような表情を見せた。


「まず間違いなくそうだと思う。実は一つ考えていることがあるんだ。マロイ子爵は偽物の宝石をお披露目する前に何度かサイラスに見せてるんだよね?」

「……そうだよ」


 アマリは付き合いの長い眼前の男が一体何を考えているのか、想像することができた。

 レイクは核心に迫りつつあることを悟っていた。


「明日もう一度ローマン伯爵夫人に会いに行くよ。彼女が自慢していたコレクションを見せてもらおう。サイラスが以前それを見たことがあるかどうかも訊かないとね」

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