第21話 がらくた山の宝③

 アマリ・デイビアスはこの日初めてクレファー伯爵邸を訪れた。

 当初はサイラス・ベールについて電話で話を聴くに留めるつもりであったが、折角だからとリン・クレファーが招待した。レイクは別行動のため来ることができず、それを知ったリンはがっかりした。


 応接間に通されたアマリは広々とした部屋と、設置された調度品や美術品に視線を投げる。


「凄い金持ちとは聞いていたけど実際に目にすると凄いね。流石は鉱山王の邸」

「これでも大きな資産を持つ貴族の邸としては小さいそうですよ。バルドア区に建つゼルフィア公爵の邸は優に三倍は超えるそうです」


 大したことではないと言うようにリンは答えた。アマリはこの倍以上の広さの邸など持て余すのではないかと疑問に思った。

 アマリは関係のない事柄に思考を奪われるのを良しとせず、本題に入った。


「それでサイラス・ベールのことだけど……」

「ええ、良い先生でしたよ。非常に親しみのある性格をしていました。両親も今まで雇った家庭教師の中でも特に優れた人だと褒めていました」


 アマリは目を丸くした。


「そんなに? こう言っちゃ失礼だけどたかが美術の教師だよね? 魔術の教師とかの方がよっぽど評価が高そうなもんだけど」

「ベール先生の専門は美術ですが、魔術師としても優れていましたよ。というより、優れた教師には優れた魔術師が多いというべきでしょうか。魔術師ってつぶしがきく職業ですから、どこに行ってもうまくやれる人が多いんですよ」

「じゃあ、サイラスも元は魔術師になるつもりだったの?」


 リンは首を横に振った。


「いいえ、お姉さんと同じ芸術家を目指していたそうです。お姉さんのエイミーさんは御存じですか? 私も先生から作品集を見せていただきましたが、絵画、陶芸、彫刻と素晴らしい作品がいくつも世に出ていますよ。実はこの邸にも一点あります。二階の客間に飾ってある絵です。話を戻しますが、先生はエイミーさんとは違い風属性の適性を持っていました。芸術家を目指すなら土属性が有利なんですが、それでも学生時代ずっと努力されていてコンテストに作品を出品していたと聞いています」

「でも、サイラスが今も創作活動しているって話は聞いてないよ?」


 リンは伏し目がちに言った。


「残念ながら成果は芳しくなかったそうです。そうしているうちにお姉さんの作品が評価されるようになって……それが元でコンプレックスを抱いてしまい、自己嫌悪で創作に手をつけられなくなったと話してくれたことがあります」

「成程ねえ」


 エイミーは失踪した弟の身を案じているようだと聞いたが、弟の方は姉に対して思うところがあったのかもしれないとアマリは思った。


「しかし、先生が失踪されたというのは気掛かりです。無事に見つかってほしいですが……」

「少なくとも一昨日の夜まではぴんぴんしてたから、すぐにどうかなったとは思えないけどね。ただ、急ぐ必要はあるかな。ねえ、サイラスの身の回りで何か事件が起きたって話はないのかい?」


 リンは思案するように目を閉じた。


「そうですね……私が知る限りではそんなことはなかったはずです」


 リンがそう答えた後、壁際に控えていた執事のギルトレット・ハートが咳払いした。会話をしていた二人の瞳がギルトレットへと向けられる。

 執事は姿勢を正すと口を開いた。


「僭越ながら申し上げたいことがございます。ベール様がリン様に美術を教えになられていた頃、他に通っておられたマロイ子爵の邸で事件がありました」


 マロイ子爵はユリ―シャ区に邸を構える建築資材の販売を手掛ける貴族だ。リンは以前パーティで子爵と顔を合わせたことがあった。ふくよかな体型で、装飾品を収集することが趣味だと語っていたのを彼女は憶えていた。


「いえ、事件というより騒動といった方が近いですね。マロイ子爵が偽物の宝石・・・・・を買わされて、それをパーティで披露した際にその場で偽物であると知られてしまったことがありました。子爵は大層恥をかかされたらしく、社交界でも話の種になったと聞いています」

「ああ、そういえばそんなことがありましたね」

「これはマロイ子爵家に勤めている使用人から聞いた話ですが、宝石を買った直後にベール様に何度か披露されたそうです。彼は美術品への造詣も深く、子爵は彼によくコレクションを見せびらかしていたと語っていました」


 アマリはすっと目を細めた。


「偽物の宝石、ね」


 彼女は誰に聞かせるわけでもなく呟いた。




 レイキシリス・ブラウエルはトライド区の市街地に建つ商業施設へと足を運んだ。彼の目的地は一階の貸しホールだ。ホールには多くの作業員と思わしき制服の男たちが忙しなく出入りしている。レイクは壁に貼られた『エイミー・ベール展』と書かれたポスターを眺めていたが、やがてホールへと入っていった。


 ホールの中で彼はすぐにエイミー・ベールを発見した。彼女はスーツを着こなした長身で銀髪の男と話している最中だった。他にも何人かビジネスマンのような出で立ちの男がいて、彼らは銀髪の男から指示を受けていた。レイクは男が高い地位にあることを察した。


 エイミーはレイクの存在に気づくと、微笑みを浮かべて近づいた。


「レイクさん、来ていたんですね」

「こんにちは。今日はこちらで個展の打合せをしているとネッドから聞いたので伺わせていただきました」

「ええ、どうぞ。少しならお話する時間もとれると思います」


 エイミーは銀髪の男を一瞥した。男は興味深そうな目でレイクを観察する。レイクはその視線を不快に思うことなく挨拶した。


「エイミーさん、そちらの方は?」

「ああ、こちらはブラウエル侯爵の御子息のレイキシリスさんです。弟の件で相談させていただいています」


 男は驚きに目を見張った。


「なんと、ブラウエル侯爵とはあの帝都警察長官の? いや、これは失礼いたしました。私はこの個展を主催するジェラルド・ホフマンと申します」


 ジェラルド・ホフマンは堂々とした足取りでレイクの元へ歩み寄ると、彼と握手した。がっしりとした手と四角い宝石が填められた指輪の感触がレイクの手に伝わった。


「ホフマンさんは美術商で、私の作品の販売を一任しているんです。富裕層向けに作品の宣伝もされていて、今回の個展もその一環として主催してくれたんです」

「へえ、なかなか意欲的ですね」


 レイクが褒めると、ホフマンは紳士的な笑みを見せた。


「良い作品というのは巡り合わせが悪いといつまで経っても出逢えません。作品との出逢いの場を設けるのが私の仕事です」


 そう言ってからホフマンは少し表情を曇らせた。


「ところで、サイラスくんの件で相談されたとのことですが……ブラウエル侯爵家の方に相談したということは、帝都警察はサイラスくんの捜索に動いていると考えてもいいのですか?」


 レイクはホフマンの瞳の中に探るような色があることに気づいた。

 彼は首を横に振って答えた。


「いいえ、そうではなく彼女から個人的に相談を受けただけです。帝都警察はまだ動いていません」

「そうですか……彼が早く見つかればいいのですが。何かあれば私にも一報ください」


 ホフマンはその場から離れてスタッフに話しかけ、ホールから出ていった。

 レイクとエイミーはその後ろ姿を見つめていたが、ホフマンの姿が完全に見えなくなってからエイミーが切り出した。


「……それで、弟のことで何か分かりましたか?」


 期待と不安が半々に混じった顔だった。レイクは彼女の瞼が神経質そうに動いているのを見た。


「残念ながら行方を突き止めるに至る手掛かりは得られていません」


 その答えに彼女は小さく息を吐いた。

 レイクは彼女の態度に見覚えがあった。それを《黒い羊》で会った時にも目にしたことを思い出す。


(少し探りを入れてみるか)


 レイクはたった今大事な話を思い出したかのように「ああ」と声を上げた。


「ただ、ちょっと妙な話を耳にしたんです。サイラスさんは勤務先の邸を出たところで、不審な男性と会話している姿を目撃されているんです。そんな男性に心当たりはありませんか? 四十代くらいで背は高く、少し怖い印象のある男です」


 エイミーはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を強張らせた。それから彼女は震える声で言った。


「いいえ――知りません」


 彼女はレイクが予測した通りの反応を見せた。


(嘘を吐いたな)


 レイクは残念そうに肩をすくめた。


「そうですか。今はこの男が何か知っていると考えて身元を調べています。貴女も何か分かればすぐに連絡してください」

「はい、そうします」


 エイミーは逃げるようにその場から去っていった。レイクは無感情のまま彼女を見送った。

 レイクは思考を切り替え次にどうしようか考えホールを見回した。すると、スタッフの一人が彼に近づいてくるのが目に映った。三十代と思われる髭を生やした男だった。

 

 男性スタッフはレイクの前に立つと深々と頭を下げた。貴族に対する畏敬が窺えた。


「すみません、先程のお話が聞こえてしまったもので……その、お貴族様はサイラスさんがいなくなった事件を調べてるんですよね?」


 レイクは頷いた。


「うん、貴方もサイラスさんを知ってるの?」

「はい、私はホフマンさんの店で働いてまして、サイラスさんとも何度か話したことがあります。サイラスさんは店によく来られていましたので」

「それはやっぱりお姉さんのことで?」


 レイクがそう訊くと、スタッフは「ええ」と肯定した。


「エイミーさんの作品が売れるようになったのはホフマンさんが見出したお陰ですから、そのことで恩に感じていたそうですよ。ホフマンさんはエイミーさんの活動にお金を出していますからね。ご存じですか? エイミーさんは最近自宅を建て増しして、アトリエを追加したんですよ。その費用もホフマンさんが全額出したんです」


 レイクは目を丸くした。


「それは随分太っ腹だね」

「ええ、サイラスさんも喜んでいましたよ。ホフマンさんには感謝していたんじゃないですか」

「ふうん。ところで、サイラスさんがホフマンさんによく会いに来ていたっていうけど、サイラスさんは別にお姉さんの作品の販売に携わっているわけじゃないよね? 単純に仲が良いだけ?」


 レイクが訊ねると、スタッフの男は視線を落とした。


「いえ、サイラスさんはお姉さんのことで感謝はしていますけど、ホフマンさんのことは嫌いみたいなんです」

「二人は仲が悪いの?」


 彼は頷いてから、言いにくそうに答えた。


「はい、初めて怒鳴り込んできた時のことはよく憶えています。何年か前でしたね。サイラスさんが昼間に店を訪ねてきて、ホフマンさんに会わせろと凄い剣幕で言ってきたんです。私は怖くて言われるがままに通したんですが、オフィスからサイラスさんの怒鳴る声が漏れてましたよ。その時は話し合いに決着はつかなかったらしくて、サイラスさんは怒って帰っていきました」


 レイクは目の奥を光らせながら、指でこめかみをとんとんと叩く。指のリズムが彼の頭の働きを表しているかのようだった。


「喧嘩の原因は何?」

「いやあ、分からないんですよね。ホフマンさんに訊いたらお姉さんの作品のことで揉めたと言うだけで、詳しいことは教えてくれなかったんです。ただ、それでもサイラスさんは定期的にホフマンさんに会いに来るんですよね。いつも不満そうな表情ですけど、それだけはずっと変わりありません」

「そう……ありがとう、参考になったよ」


 レイクは礼を述べるとスタッフと別れ、急ぎ足でホールを出ていった。

 彼は建物を出て最寄りの公衆電話へ一直線に向かうと、帝都警察の刑事部長ブラン・アルケインのオフィス直通の番号を入力した。

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