第5話 お礼とお願い

 あくる日、店の前を掃除していると、大きな馬車が乗り付けてきた。早速リーンが店に訪ねて来たのだ。

 紳士然としたおじさまが一緒だ。所々黒髪が残るロマンスグレーの長髪を後に束ね、お髭が渋いことこの上ない。

「昨日は娘を救って頂き有難うございました。」

 店の中に案内するなり、あたしとジンに向かって深々と頭を下げる紳士。リーンも一緒に頭を下げている。

「いや。ただの通りすがりでしたから。そんなに畏まらないで下さい。」

 ジンが応え、二人を応接室に導く。

「いや。あなた方が居合わせなかったら、この子の命が無かったかもしれないと思うと、いまだに冷や汗が滲んできます。失礼します。私はハイワン商会会頭のアイゼンと申します。」

 アイゼンさんはあたし達それぞれに銀色のカードを差し出した。名刺よね?これ。久しぶりに見た。リーンも珍しそうに見ている。

「何かお礼をしたいと思い、こうして押し掛けた次第です。しかし、娘に訊いたお二人の人となりからは恩に報いるにしてもモノやお金では失礼ではないかと感じ、実際にお会いしてからと思いまして。」

「本当に良いのですよ。まあ、そうですね、何かの縁でしょうから時々こうしてリーンさんに訪ねて来てもらえれば。うちのナユも喜びますし。」

 ジンの言葉にリーンの表情がパッと明るくなった。それを見たアイゼンさんは口元を綻ばせた。

「是非とも、それはこちらからお願いしたい。」

 その口調に何かを感じ、あたしはリーンを誘った。

「リーン。あたしたちのお店を案内しようか?」

 リーンはアイゼンさんの方を見て、行っていい? とアイコンタクトした。

「行ってらっしゃい。父さんはご主人と暫くお話をしているからね。」

 ご主人、だなんて! 何かしら? あたしの旦那様って意味かしら? なんて悶えてたらリーンが袖を引っ張った。いけない、いけない。また自分の世界に引きずり込まれかけてたわ。

「あたしたちの店は、見ての通り雑貨屋よ。」

店に移動しながら説明する。

「わぁ。見たことのないものがたくさんある! これは何に使うんですか? えと・・奥様?」

「あたしのことはナユでいいわ。」

 奥様、だなんて! ジンの奥様に見えるかしら? 

「ナユさん?」

 あ、また悶えてしまった。いい加減この癖を直さなければ。

「これはねぇ。遠い西の国の調理道具で・・・・」

 


「ご主人。お礼をしに押し掛けたことは本当なのですが、一つ頼みごとをお受けいただきたくて参上致したのです。」

「アイゼンさん。僕のことはジンと。して、頼み事とはリーンさんのことですか?」

「ご慧眼痛み入ります。少し後になるのですが、暫くあの子を預かってもらえないかと。私は仕事で暫く留守にするのですが、旅には連れていけませんし、世話を願うにもどうも信用できる者がおらず、最近は私自身周りの者に対し、疑心暗鬼に囚われている次第で。」

「話は事情聴取の時に少し伺いました。しかし、僕達はまだ知り合って間もないですよ? 信用なさって良いのですか?」

 僕は首を少し傾けて言った。

「何よりあの子があなた方に懐いている。これは結構異例なことでしてな。あの子は警戒感が強くて、自分にもしくは自分を含めた家族などに害なす者は本能的に分かるんです。私が商売で成功しているのは半分はあの子のおかげですな。それだけであなた方は信用に値する。」

「なるほど。うちのナユもリーンをかわいがってますし、お安い御用ですよ。」

 僕は軽く請け合った。アイゼンはちょっと拍子抜けしたような顔をした。請けてくれるとは思ってなかったようだ。

「本当に有難うございます。全く、お礼をしに来たのに頼み事をすることになって心苦しいですが。」

 アイゼンは僕の手を両手で握り、深々と頭を下げた。

「先程お渡ししたカードは、私共の商会で見せれば、商会でできることであれば何かと融通を利かせられるので、ご遠慮なくお使いください。また、あなた方の商売の手助けができれば何なりと仰って下さい。このアイゼンが全力でサポートさせていただきます。他にご要望があれば今でなくても何なりと。」

 アイゼン、ちょっと熱い。若干引きながら、僕は訊ねた。

「僕たちはこの街に来て日が浅い。色々な情報が欲しいのですが。」

「私が役に立てることであれば何なりと。」

 アイゼンの紳士っぷりと所作が超絶有能な執事に見えてきた。僕たちと違って凄い格上の商人だよね?

「まず、ハイワン商会に手を出してる商会というのは分かっているんですか?」

「はい。直接手を降してるわけではありませんが、間違いなくトートイス商会です。最近は攻撃があからさまになってきました。」

 サンシン王国一の商会か。

「トートイス商会がハイワン商会を攻撃してどんな利益があるんですか?」

 大体答えは分かっていたが訊いてみた。

「第一に我々の商会が脅威になってきたことでしょう。王国第二の商会であるハイワンは着実に業績を伸ばしてます。この調子だとそんなに遠くない未来に順位が変わることが明らかになってきました。第二に政治の腐敗です。トートイスは昔から官僚との癒着が深く、色々と便宜を図ってもらって大きくなりました。官僚から見れば袖の下を出さないハイワンは不遜でしかない。官憲からの商売の妨害もあからさまになってきましたよ。」

「なるほど。それはやはり現王の即位後ですか?」

「そう。現王は権力への執着が大きい。そしてその使い方も自分中心に動いています。それに呼応するように腐敗官僚達が王にすり寄っているのが現状です。この調子で政治の荒れ具合は、既に民衆に認知されています。」

「先王の頃の官僚はどうなんです? 少なくとも良政を敷いてきたと聴きましたが。」

「殆どは飛ばされたか、引退に追い込まれましたね。頑張って残っている官僚もいますが、閑職に落とされています。」

 現王は三十八歳と聞く。まだまだ退位するには遠いか・・

「後継者はどうなんです? つまり王位継承権を持つ者ですが。」

「正直、現王の考えや行動に感化された者ばかりで、期待できませんね。権力を振るうことを当り前に考えている。その一人が事もあろうにリーンを狙っているのですよ!」

 冷静に話をしていたアイゼンが、突然に語気を強めた。しまったという顔をして、咳ばらいを一つ。

「コホン。失礼しました。実は我々は拠点を移すことも考えているのですよ。今度の遠出はその下調べと、予備交渉でして。少々長くなるかもしれないのです。」

「いいんですか? そこまで話して。」

「なに。私は信用してるんです。リーンを。そしてリーンが信頼するあなた方を。」

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