第4話 新しい出会い

 サンシンの街に住み着いて少したった休みの日、買い物に出た僕たちは、青空市で、良い本の買い物をしてホクホク顔で家路についていた。あれやこれや話しながらふたり歩いていた訳だが、注意が疎かになっていたようだ。まだ来たばかりと言ってもいい街で道に迷ってしまった。人通りの少ない脇道に入ってしまったようだ。

「むぅ。どこだ?」

「どこかしらねぇ。」

 ガラガラと荷物を引きながら歩いていると、狭い路地に差し掛かったところで、悲鳴が聞こえた。少し離れている。子供の声だ。

「ちょっと見てくる!」

「あたしも行く!」

 二人で路地に駆け込んだ。

「いや! 離して!」

 少し走ると、ガラの悪そうな男二人に腕をつかまれた少女が声をあげていた。

「少しおとなしくしやがれ! ぎゃっ!」

 男の一人が少女に猿轡を嚙ませようとして逆に手を噛まれていた。

「こんのぉ~~!」

「そこまでだ!」

 少女に殴り掛かろうとしていた男の腕を掴み、ジンがねじ上げた。

「どこから出てきやがった!」

 もう一人の男がジンに殴り掛かろうとしたが、ナユに足を掛けられ派手に転んだ。

「一応訊くが、こいつら悪い奴か?」 

 ジンが少女に問いかけた。少女はブンブンと強く頷いた。

「よし。二人とも番所行きだな。」

 僕とナユは手際よく二人に縄をかけ転がした。縄は何かと便利だ。買った荷物を安定させる時などによく使うので、いつも持ち歩いている。ゴロツキが何か喚いているが放っておく。

「さて、君はどうして襲われていたのか説明できるかい?」

 少女は、少し動揺していたが芯がしっかりしているらしい。深呼吸したら落ち着いてきた。紫色の眼をジンに向けた。

「助けていただいてありがとうございます。わたしはリーンと申します。たぶん誘拐されかかっていたのだと思います。」

「誘拐とは穏やかではないね? 心当たりがあるのかい? あっと。僕はジン。こっちはナユ。」

 少女、リーンは見た目はジンたちより少し年下に見える。落ち着いた様には見えるが、スカートを固く握りしめている。まだ緊張が取れないのだろう。

「君の話を訊きたいとこだが、人が集まって来たな。こいつらどうするか・・・」

 騒ぎに気付いて、周りの建物から人が出てきていた。そして誰かが呼んだのだろう。街廻りの守衛が二人やってくる。

「騒ぎだと聞いてな。こいつらか。」

 守衛の一人が訊いてきた。ジンは転がった男たちに一瞥をやり頷いた。守衛はリーンの方を見遣り、なんとなく納得したような顔をして言った。

「君たちに話を訊きたい。ご足労だが番所まで来てもらえないだろうか。」

 ジンたちには特に急ぎの用が有るわけではない。リーンも頷いた。守衛たちはゴロツキどもを引っ立て、歩き出した。


        ♢ ♢ ♢


「改めてお礼を。助けていただいてありがとうございました。私はリーン・ハイワン。ハイワン商会の娘です。」

 番所の応接室とでも言ったらいいだろうか。部屋に通されて、出されたお茶を飲みながら話を始めた。

「僕たちは東の地区で雑貨屋をやってる。実はこの街に来たばかりでね、道に迷っていたところでさっきの処に出くわしたんだ。」

「雑貨屋さんですか?」

 リーンは不思議そうな目で僕たちを見た。

 ナユはニコニコとリーンを眺めている。リーンは紫色の瞳に濃紺のウェーブかかった長い髪をしたかわいい系の娘だ。その髪には二房ほどの黒髪が混じっていてアクセントになっている。

 ナユはかわいいものに目がない。いつもの癖が出たようだ。人目が無ければ撫でまわしているだろう。

「街に来たばかりかね? 最近はこの街も治安が悪くなって来ていてね。気を付けた方がいいぞ。さて、調書を取らせてもらうよ。これも仕事でね、少し付き合ってくれ。」

 先程の守衛の一人が言ってきた。ことのあらましはこうだ。


 リーンは買い物に一人で街にでかけた。大通りを歩いていたのにふいに後ろから口を塞がれ、路地に連れ込まれたと。そのまましばらく移動したところでスキをついて逃げ出した。そして先程の光景だ。

 夕方とは言え大通りでの犯行、その後の対処が雑過ぎる。犯人達は思い付きでやったのだろう。

 ハイワン商会はこの街で2番目に大きな商会で、リーンは過去にも誘拐未遂にあったそうだ。それからは出かけるときには護衛を付けていたそうだが、近くの賑やかなところでの買い物ということで、一人だったとのこと。誘拐の動機は、身代金目当てとか、商会同士の争い事とか色々と心当たりはあるらしい。

「こんなにかわいいのに一人で買い物にも行けないなんて・・・」

 ナユがちょっとずれた発言をしている。

「商会同士の争いと言えば、ここ十年程で過激になってきている。もはや抗争と言った方がいいかもな。」

 守衛が説明した。ここサンシン王国は王政だが、昔は比較的民主的な方向性で運営されてた国だ。ところが十年ほど前に即位した新王は権力に前向きな王で、税は高くなり、福祉は削られて国民としては窮屈な国になりつつある。

 トップが権力志向になると、その取り巻きもそういう指向になるのが世の常。そうなると商人も権力に沿うようになるわけで。

「街の治安にまわされる予算も削られて、事件が増える一方さ。」

「ハイワン商会は。父は暴力で人を従わせるなんてことは反対で。それでも、放っておいたら店がつぶれちゃうので、最低限自衛ができる程度には用意してるんです。その結果が抗争なんて言われてしまうのが心苦しいです。」

 リーンは悔しそうな顔でうつむいて言った。見た目よりしっかりしてそうだな。この娘は。

「自分達の大切なものを守るというのは大事なことよ。あたし達だってそうやってきたもの。だからそんな顔しなくていいのよ?」

「ナユは争いごとが大嫌いだもんな。それでも自分の守りたいものを守るためには容赦はしないからなぁ。」

 ナユの言葉を受けて僕はクスっと笑った。

「ああ。それで。雑貨屋さんなのにあんなに強いなんて。私とそんなに年も離れてないのにお二人ともすごく落ち着いた感じだし。」

 僕とナユは思わずお互いを見て、ちょっと笑ってしまった。本当は年はうんと離れてるし、強いのはもはや人を辞めてしまってるからなんだけど。

「あの、お願いが。今度お店を訪ねていいですか? 改めてお礼もしたいので。」

 リーンがちょっともじもじしながら訊いてきた。ナユがパッと表情を明るくしながら僕を見てきた。ちょっと笑いながら僕は頷くと、ナユが言った。

「もちろんいいわよ。東地区の雑貨店。トワというの。お礼なんかいいから是非遊びにきてね。」

 


「リーンさんは責任をもって我々で送り届けるからな。」

 守衛が宣言して、番所から出た後、お互いに手を振りながら別れた。

「ナユが人と積極的に関わろうとするのは珍しいな。」

「そうね。あたしたちは見た目歳を取らないし、お付き合いに深入りするとお別れが大変なのよ。けど、なんとなくリーンとは付き合ってみたいなって。勘みたいなものね。エルフ達と雰囲気が似てるのよねぇ。」

 ナユが腕を絡めてきた。それを聞いて僕は少し考えて言った。

「そろそろ僕達も人と交わって生きることを考えても良いかもね。文明を含めて時代が動くのかもしれないな。僕たちのような人外が表舞台に出るのは慎重にならないといけないけど、考えていかないとなぁ。あと、リーンはたぶんグラムの眷属だ。この出会いが何を意味するのか。」

 それを聞いて、ナユはほぅという納得顔を僕に向けた。

 あの濃紺の髪。混じっていた二房の髪がリーンの感情に呼応して揺れていたのに僕は気付いていた。

 それはかつて研究者として交流のあったグラムの成果の名残だと思う。グラムは遺伝子操作の権威だった。

 僕達と同様、来るべき世界の崩壊に備えて、人類のサバイバルを考えていた。因みにエルフたちもグラムの眷属だ。

「それにしてもリーンはかわいいね。あんな子供が欲しいのかい?」

「こ、子供!」

 ナユが立ち止まり、顔を真っ赤にして頬を押さえた。そのまましばらく固まった。こういう時のナユは自分の演算領域をフル開放して何やら考えている時だ。そっとしておこう。

 実際、僕たちが子供を持つことは論理的に不可能ではない。生み出す手段が人類のそれとは違ったものになるが。

 ここでの難関は遺伝子の統合手段だ。旧時代であれば試験管で受精という形ができたので大元の細胞を作ることができた。しかし、オリジナルを含めて最早人では無くなってしまった僕たちは自分のコピーを作ることしかできない。今は。

「あ、あのね。あのね・・・」

 あ、ナユが再起動したようだ。真っ赤になった顔で上目使いに見つめてくる。うん。かわいい。

「あのね・・ あるの。」

「何が?」

「あるの。ジンのあれと、あたしのあれ・・ 残してあるの・・」

「あれって・・・ まさか! えっ?」

 ナユが両手で顔を覆い、滅茶苦茶に恥ずかしがっている。本業が医者でもある癖に恥ずかしがり方が尋常じゃない。

「ほんとか! そこに気が付くとか。天才か!」

 ナユはとうとうしゃがみこんでしまった。その姿を見て僕もしゃがんでナユの頭に手を置いた。優しく撫でながら言った。

「ナユ。ありがとう。」

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