第3話 心機一転、新天地での生活


 僕はナユと一緒に大陸の東に位置するヒト族の国、サンシン王国で雑貨屋を開こうとしている。駆け出しの商人夫婦という設定だ。

 最終戦争の後、地球上の陸地は一つの大きな大陸と大小無数の島々となった。

 トワへの入口、即ち昔風に言えば軌道エレベーターが大陸の東端の大きな半島にあることから、サンシン王国は拠点に近い国の一つだ。そこでのイレギュラーは自分達の生活のために管理しておく必要がある。

 因みにトワへのエレベーターは光学迷彩の技術で、よっぽど近づかないと見えないようになっている。しかも深い森の中にあり、森の民、エルフによって守られている。めったに人が近づけるものではないが。

 サンシンは人口は三十万人ほど。ちょっと前までは中堅の安定した国家だった。

 南に海と接するこの国は、四季がハッキリしてて、中央を流れる大河の恩恵もあって土地が肥沃であり、農業のさかんな土地柄である。

 街並みは木造建築が多く、雑多で活気のある雰囲気ではあるが、今はそこここに影がある。貧富の差が広がっているようで、昔には見られなかったスラムがあちこちにできている。

 基本、この新世界は復興を始めてまだ数百年ほどしか立っておらず、人口も僅かである。生活し易いところの土地が栄え、人が集まってくる。人が集まれば統治機構が必要になり、この国は最初に復興に尽力した一族が王家となり統治するに至っている。 しかし、時を経れば色々と変わることもあるだろう。


「さて、開店準備も殆どできたわ。ふふ。初めての共同作業だねっ!」

 ナユが嬉しそうに笑った。一緒にいるナユは自分たちで区別するためにつけたトリアという名もあるが、僕にとっては四人のナユは殆ど同一人物である。

 四人のナユ。自分たちはどう感じているんだろう。一度訊いてみたことはあるけど、答えはよくわからない、だ。千五百年の間ローテーションを通じて記憶は平均化され、皆殆ど同じ経験の記憶を持つ。初め聞いたときはびっくりしたものだ。天才か?

 それでも後天的に性格の違いは出るようで、敢えて言えば、イルは長女的な設定の為かしっかり者、ダイアは思慮深くおとなしめ。トリアは感情表現が豊かで、スーが一番元のナユに近いかな? と、言っても本当に僅かな違いでしかない。僕は外ではみんなナユと呼んでいる。

 話は戻るが、それもこれも僕を助けるために実行した結果で。全く愛おしさに加え感謝に堪えない。

 千五百年もの時は僕の考えが及びもつかない程、ナユを進化させていた。


 そういう僕も二体いる。正確にはオリジナルを合わせて三人だな。一人は事実上のスペアだ。ナユは千五百年も僕の研究を引き継いでやってきたおかげで、僕では及びもつかない知識量と成果を蓄えてきた。十年かけて追いつこうとしたけど、まだまだだね。

「さて、今日は開店だ。情報が集まるといいね。」

 何の情報かと言えば、第一にこの国の現状。僕たちの拠点に影響が出るかどうか。

 僕たちはこの世界に極力干渉しないようにしている。

 古代の文明の一部ををそのまま維持している僕たちは、この世界を歪に変えることができる力がある。敢えて干渉するとすれば、その線引きは僕たちの拠点に影響が出るかどうかだ。

 酷い言い方をすると、影響が出ないと判断したときは、どんな状態でも放っておくということ。人死にが出るような争いにも介入しない。

 第二に最終戦争以前の文明の情報。

 ナユは二度と悲惨な戦争を人類にさせないように、巷に残っている情報を見つけては始末する作業をずっと行ってきた。悪行の代表格、焚書である。

 それを聞いたときは驚いたものだが、別に自分が人類の支配者になることを意図するものではないし、いずれは人類は自力で文明を復興するだろう。そのスピードを弱めるだけの意図に過ぎない。これは干渉の範疇ではないだろう。たぶん。


 ナユが開店の看板を扉の外に出す。口元が嬉しそうだ。僕も口元が緩む。初日なのでちょっと遅い時間の開店だ。通りもそこそこ人通りがあるので、目の前の開店は目立つ。狙い通り!

「あら。雑貨店、今日からなの?」

 気が付いたおばさまが訊ねてきた。

「らっしゃい! 生活雑貨から嗜好品まで色々取り揃えてまっせ!」

「違う! なによそれ! だれよ!」

 ナユが突っ込みを入れる。商売人風に応えただけだが、なにか?

 ナユが長年あちこちを巡って集めた雑貨は、どの土地でも割と珍しがられ人気があった。それを参考にトワの工作室で複製したものもある。コピー商品だが、決して儲ける意図はないので勘弁してほしい。



 書物は珍しい。最終戦争によって人類の生き残りは一握りしかいなかったため、文明は継承できず、数百年も後退していた。

 また、情報は色々なことが口伝主体となっていた。なので、かなり眉唾な伝承も多い。

 世界滅亡の危機を乗り越えて残っていた書物の類はナユによって処分された。処分と言ってもちゃっかりとコピーを済ませた後だが。内容はトワのマザーコンピュータ、アキの中だ。

 今となっては文字も継承されず、新しい文字が自然発生的に使用されている。結果、昔の書物が出てきても容易には解読できないだろう。

 人類に最終戦争の記憶は残っている。伝承の形でだが。しかし、たった千五百年前の出来事だが、最早神代の戦いのできごととなっていた。

 製紙の技術は割と早期に復活した。やはり、書物という形で紙というものが各所で発見されたからである。

 現物があると、人間真似するもの。それまでは割と楽に焚書できていたみたいだが、書物が認識されるようになってからは面倒くさいことになったようだ。

 そこで、発見された最終戦争以前の書物、古文書と言ってしまうが、これが発見された折には高額買取の手段を用いて手に入れたようだ。

 どうせ読めない書物を好事家が買い取ってくれる。ナユが流した情報に世の中トレジャーハントの様相も呈し、結構集めることができたとのこと。

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