第二話 草木が燃える丑三つ時(後編)

「前にカナヤ君が話してくれた前世の物語……炎の怪物アノマリー、こんなのまで私達の日本にいたなんて!」

「まるっきり同じとは限らない、油断するな佐原!」


 仮称イフリート。大きな体躯に赤い表皮、頭部には二本の巨大なツノを持ち、おそらく炎を操る。

 だが、この世界で俺が見てきた妖怪や神話生物、財団収容物に未確認動物は……前世で知る物語とは異なる。

 完全に同一ではなく、どれもこれも少しずつ違っていた。


『健一先輩! 地上からボルカニックインフェルノみたいなの飛んできてますっ!』

『カナっち、ボルカニックインフェルノって何すか!?』


 空にいる二人の声が、伝導石ワイヤレスから聞こえてきた!

 

「谷丸! お前ならよけれる! 落ち着いて飛べ!」

 

 沙苗が機関職員になる前、俺と佐原と谷丸の三人で倒した溶岩のゴーレム。

 奴が使ってきた技が、ボルカニックインフェルノ。

 当時の谷丸が勝手に名付けた。

 

『サナっち助かるぅ〜!』

『なんか防げたっす!』


 声だけでも状況は伝わる、しのげているな!

 

「炎は系統として物理か、なら沙苗は引き続き念動キネシス防壁シールド!」

「カナヤ君、仮称イフリート背中がガラ空き、撃つ?」


 伝導石ごしに谷丸が「バリアの名前それじゃないです」などとわめいているが、無視。

 佐原は風の斬撃を放つ準備をしている。

 俺が転生してきてから、戦いの中で覚醒した技だ。


 仕掛けるか、逃げるか……どうする!


『うわ健一先輩、ブレードの人型実体、降りてます!』

『赤いのは逆で……空に上がって来たっす!』

 

「谷丸、飛行継続で距離を取れ!」

「カナヤ君、山火事の炎が! 樹木で!」


 殴り合い、いや、斬り合い? 仲間割れ?

 空中で交戦するブレード個体と炎の怪物。

 そして地上の炎を一気に飲み込み消火する、急成長樹木。これは、巨大な木の奴による能力?


 空中で激しくぶつかる二体の怪異。火災を鎮圧する植物の怪異。

 連中、仲間同士や一枚岩ではないのか!?

 その時、雑音や異音の混じった音声が伝導石から聞こえてくる。

 

 杉山陸佐!


『……ちら……杉……こちら……杉山……著しく…………感度不良……送受信に……不具合!』

「こちら金谷! 聞こえるか!?」

 

『路面……目の前……和装……女』

「女!? 敵か?民間人か?」

 

『腕……大量の、腕ッ!』

「腕!?」


 交信シグナル・途絶ロスト

  

 これは、山に入る前……高速道路で襲撃を受けた時と同じ状況! 不自然な通信阻害!

 しかも伝導石ワイヤレスまでやられるということは、更に強い!



 

 

 その時〝全て〟が〝静止〟した。


 



 何だ、何をされた、落ち着け! 体が動かない!

 こうして頭で考えることが出来る、目も見える、呼吸は可能、呼吸は可能!?妙だ! 音が一切聞こえない、判断が難しい!現実改変能力や時空間操作のカテゴリではないはず!


 目、眼球、動く! どうして動く!?

 隣、佐原さはらあおい!一時停止のように動かない!俺は目線を上にやる、空、視界範囲に入るか?居たか?見えるか?


 居る! 遠い……が、ギリ見える! 上空に!

 月明かりに照らされる金髪ショートの谷丸たにまる夏奈かな

 谷丸が抱える、長く太い一本おさげ茶髪の兵部ひょうぶ沙苗さなえ


 谷丸は翼を動かさず、空中で……静止!?


 現実改変や高ランクの能力じゃないなら俺の〝力〟で対処できるかもしれない。


 

 第二の武器、消失能力!



 能力使用中に生じる洞房結節の機能低下と引き換えに、外部からの干渉を全て遮断する!

 俺の姿は鏡に映ることもなくなり、誰にも知覚されず異能を無効化できる!

 かつて、死にかける思いで能力の謎を解き明かし、練度を高め研鑽してきた!


 


 発動!


 

 


 思った通り、自由に動ける!

 そこからどうする、何をする、考えろ、思い出せ、現在の状況のヒントを!


 『大量の腕』


 杉山陸佐の断片的な言葉、正体不明の存在、彼の現在地は付近の山道……路面!


 それなら!


 佐原の手に触れる、消失能力の一時解除、からの再発動!

 俺の力は同時に二人までなら共有できる!


「カナヤ君! 今、何が!?」

「説明してる時間はない、俺を空に!」


 誰からも知覚されない世界、二人きりの会話。

 俺と手を繋いだまま、佐原は両手を地面に置く。

 そして俺は佐原の手の上に両足で乗り、しゃがむ!


「オオグモの時みたいね」

「ああ、初めて〝二人〟で共闘した日を思い出す」


「準備はいい? カナヤ君!」

「いつでも! 飛ばしてくれ、佐原!」


 第二種ハーフ・オーガ由来の超常膂力で、佐原が俺を射出!

 目標は上空、谷丸と沙苗の位置だ!



 翼の隙間、谷丸の背中に俺はしがみつく!

 そこから手を伸ばし、谷丸の手を! 掴む!

 

 消失能力解除、谷丸の手に触れたまま再発動!


「わ、ちょ、え!? 健一先輩!」

「翼を止めるな今すぐ動かせ!落ちるぞ!」


「あ、はい!」

「俺と沙苗、二人乗せたまま飛べるか!?」


「重っ……んん、大丈夫ですっ! 葵さんと合流?」

「違う、あっちの道路に向かってくれ!」


 到達前に見えた山道の車!

 自衛隊仕様ではなく民間のワゴン車、だが他に車らしい車はない、きっと杉山陸佐の車両だ!

 そして、ちらりと視界に入った人型実体!


「健一先輩、やっぱ……だいじょばない、かも、です」

「なら、お前は今から沙苗を全身全力で抱きしめろ!」

 

「え!? えええ、百合ゆり展開ぃ!?」

「いいから!さっさとしてくれ!」


 谷丸の手を離す、俺の能力は解除される、俺が谷丸の背に掴まったまま〝三人〟は自由落下を始める!


 時間との戦いだ! ミスれば全員墜落死!

 何らかの停止攻撃を受け続ける中、俺と同時に活動できるのは一人だけ。


 俺と、もう一人だけ!


 自分の体と沙苗の体で谷丸をサンドイッチ状態にしたまま、俺は手を伸ばす!


 届け! 沙苗の、手にッ!



 再々、発動!


「ちょ、カナヤさんこれ、何が起きてるっすか!?」

「まず谷丸をしっかり押さえろ沙苗! 離すなよ?」


 谷丸、〝停止〟により行動不能。

 引き換えに沙苗、活性化アクティベート


「それは分かるっすけど、アタシ達まとめて落ちてるっすよ!」

「だから、お前を起こした!カルロ戦の時と同じだ!」


「なるほどっす! 目的地は!?」

「三時方向、山道!」


 沙苗が横方向から来る念動サイコ・衝撃ストライクを撃つ!

 三人一塊ひとかたまりと化した俺達を、念で発生させた空間振動で殴りつける!

 その勢いを利用して、まとめて吹き飛び空中移動!


「カナヤさん痛いっすね、やっぱ、これ!」

「でもお前の動き、修道橋の頃より細やかになってるぞ!」 


 一回二回と念動力にぶん殴られ、飛ばされる俺達の体!

 七回、八回、九回、届いた……道路!

 最後に下方向から浮かす微弱な衝撃、成長したな沙苗!


 路肩に谷丸を寝かせ、ひとまず消失能力を解除。

 ぎりぎり間に合った。


 器官が正常な状態で呼吸を挟まないと、俺とて長く保たない。

 

 再び身動きが取れない状態で、目線だけを動かし前方の車両運転席を確認。

 私服、しかしガタイは良い、坊主刈り、こんな民間人は絶対いない……おそらく彼が杉山陸佐。


 その時、背後に気配。動体!?


 この空間の中で、何らかの能力を敵味方が浴び続ける環境で、力による干渉を受けない存在!?



 再発動!



 消失能力を使い〝敵〟の影響を弾き、手を繋いだままの沙苗と二人で振り返る。


「カナヤさん、なんすか!? あの女!」

「太く大量の尾……あれは、狐!?」


 声が、聞こえた。


「面白い、わらわの封印の中で動ける者がいるとは」


 間違いない、妖狐だコイツ。

 前世の日本なら数多の漫画やアニメ、ゲームキャラクターとしてこすられ続けてきた存在。


 


 そんな妖狐が、意外そうな表情を浮かべたまま俺達を見つめたたずんでいた。


 

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