第三話 硝子の蝶の群れ

 何本だ、前世の定説なら九つの尾、いや……今はそんなこと、どうでもいい!


 尾よりも、腕! 杉山陸佐が通信で告げていた、大量の腕! これのことか!

 奴の背中から、無数の腕が生えている!


「沙苗、念動力サイコキネシスを! カルロ公爵の時と同じだ!」

「あの女もキネト災害使ってきてるんすね?」


「ああ、間違いない! 空間干渉系のキネト領域フィールド!」

「ならタコ殴りにしてやるっす!」


 異能が駆使する対象排除手段の一つ。

 前世なら「キネト災害」とネットを使い検索するだけで、大量の記事が表示される。

 この世界には存在しなかった単語。


「あ! 動ける! 健一先輩っ、動けまーす!」

「谷丸は絶対零度アブソリュートを!沙苗は念動力サイコキネシス継続!」

「まーだまだ撃つっすよー!」


 複数人が集まり一斉に合わせる挙動、または大量の〝腕〟を使い表現するキネト動作ジェスチャー

 妖狐は後者を、それも高速・多段で行使することにより単身でのキネト儀式リチュアルを実現させていた。

 その結果、空間干渉や通信阻害といった〝災害〟の効力を生み出すッ!


 そうだ、型や動きを少しでも崩せばキネト災害を中断出来るということは、今なら!


「佐原、聞こえるか!? 俺達三人は山道の路面にいる!」

『こちら佐原、今向かってる!』


 俺の背後からイケてる格好いいボイス、略してイケボ!

 

「状況がまるで分からん、だが……あの和服女は撃つべき敵で合ってるな? 金谷管理官!」

「合ってる! 頼む!」


 ワゴン車から降りた杉山陸佐、八十九式小銃で参戦!


「佐原、状況に変化は?」

『カナヤ君……空から、光る何かが!』


 光る、何か?

 

「お嬢さん二人、管理官の辺りまで下がれ! 奴は何を仕掛けてくるか分からない!」

「サナっちぃ、ちょっと、交代で休みたいです!」

「おっけ、アタシはまだ大丈夫っすよ! カナっち!」


 山に残された佐原の様子がおかしい。

 杉山陸佐、谷丸、沙苗はひとまず放置でも大丈夫そうだ!


「光るもの? 佐原、特徴は!?」

『これは、蝶? たくさんの透明な、ガラスの蝶!』


 透明な蝶だと!?

 しかも大量に……まずい! ガチでヤバい!


「逃げろ!すぐ逃げろ佐原!頭を守れ!」

『多分、発生源は樹木の巨人! そこから大群が』

 

「んなことはどうでもいい!逃げてくれ!」

『蝶の攻撃手段は?』

 

「体当たりや、裂傷を発生させる切り裂きだ!そして」

『痛ッ!』


 珪素で構成された蝶の群れ。

 読んだことがある、本気ガチで恐ろしい怪異アノマリーだ。

 前世ならスマホで「財団 水晶 蝶」と検索すれば、秒で記事や関連動画が山ほど表示される。

 数以上に厄介なのが攻撃の追加効果、壊死性の異変!


「大丈夫か!? 佐原!」

『確かに危険ね、右肘に被弾……感覚と操作性の喪失!』

「それだけじゃない、蝶が使う能力は……」

『カナヤ君の慌てぶりから、すぐに肩から下を切った! 安心して!』


 佐原、切断した腕を即時修復。


「壊死の効果は全身に浸食する!」

『私の対応は間違ってなかった、ってわけね』


 対処法は正解だ、佐原ならきっと逃げ切れる!

 だが、蝶の群れがもし山道に来たらどうする!?

 このメンバーで……さばききれるか!?



「集え、わらわの子ら……そして毛並みを改めよ!」


 狐女が大声で叫んだ。

 あれは……高速道路で俺達を襲撃した動物の群体!


「この子狐、ザコいっすよ! すぐ吹き飛ぶっす!」

「待ってサナっち、何か変です!」

「杉山陸佐、一度発砲を中止してくれ!」

「金谷管理官、了解!」


 群れの様子が……おかしい!


 クソっ、キネト災害を使ってくる時点で俺が知ってる妖狐と違うとは分かっていたが、まさかここまでとは!


「効かなくなったっす! アタシの力!」

「私も! 絶対零度アブソリュートを無視して突っ込んできてます!」

「陸佐ッ!」

「物理火器が無効ということか、概念兵装に切り替える!」


 子狐の群れ全てが、体のラインはそのままに青白い半透明の存在へと変化している!


 

 どうする!?


 


 打開策が浮かばない、子狐の攻撃手段は? 奴らの火力が低いのなら俺達も耐えきれるか? いや、それでも万一また空間干渉のキネト災害を使われたら詰みだ、佐原は無事逃げ切れたのか? 考えろ、考えろ、考えろ!


 


 刹那。



 

 ほんの一瞬。



 

 一瞬とすら呼べないほど、短い時間。刹那。



 

 視界に広がる景色の色、全てが〝反転〟して、すぐに戻る。

 そして子狐が一匹残らず消えていた。

 妖狐も、いない。


『招かれざる客のお出ましだ。狩りや遊びを、邪魔された』


 いなくなったはずの、狐女の声!?

 脳に直接響くような、頭にこだまするような声!

 俺と同じ内容が伝わっているのか、谷丸と沙苗は互いに顔を見合わせている。


『妾の子らと、そしてシンリンの虫といささか以上に相性が悪い者が来た』


 この妖狐、発話や意思疎通が可能な収容物アノマリーなのか!?


『引き上げるぞ、シンリン、モエウシ、ハワタリ』


 おそらく……森林、燃え牛、刃渡り。

 狐女が統率者? 何なんだ、コイツらは。


「カナヤ君! さっきまでいた蝶が、いきなり消滅!」

「葵さん、無事だったんですね!」

「カナっち! 葵姐さん! こっちも狐、消えたっす!」

「何が……起きた?」

「管理官、俺に心当たりがある。ひとまずは安心していい」


 杉山陸佐の言葉を信じることにする。

 現在地は西磐井郡、平泉町の近辺。遠野対策機関の本部、遠野市まで約八十キロメートルの山中。


 


 初日から散々な岩手県遠征だ。


 

 

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