第10話「友達になる私達」
そして、青山凛との人間関係について。
いや――「ついて」も何も、である。公衆の面前で大泣きしながら首を絞めたのだ。
普通なら社会的にも人間的にも終わり、友情なんて育まれないと思ったのだが。
「あ、蘭も来てたんだ」
通院の際よく会うようになって、何だか友達になってしまった。私も良く分からない。ただ、救急搬送されて、病室で入院することになった時、唯一見舞いに来てくれた人だった。
開口一番、
「ごめん。わたしが間違ってた」
と。頭を下げて、謝られた。
ここで許さず、PTSDを患った振りをして怒り狂っても良かったのだが、私はそこまで、子どもにはなれなかった。
お互いに謝って、そして彼女の話を聞いた。
青山凛。
彼女は、中学生の頃に小説家としてデビューしているのだそうだ。顔出しはしなかったけれど、史上初の中学生新人賞受賞者! として、大々的に本屋でポップがかけられていたのが記憶に新しい。当時の私は実家でずぶずぶだったので、覚えているのはその程度である。
や、というかぶっちゃけ言うと、私は彼女の本の読者だったのだ。
時に冷酷に現実を見せつけて突き放すのに、常にどこか優しい、そんな文体。
3冊程出版されていたけれど、全て読んでいて――まあ、そのあたりの縁で、何となく友達になった。
章分けだのなんだのと愚痴ってしまったが、まあ、これも現実は小説より奇なりというところなのだろう。
なあなあで曖昧で、決定打も分岐点も転換もなく、何となく。
味気なく、物語っぽくもない。
当たり前だ、現実なのだから。
私の大嫌いな、現実だ。
「おはよう青山さん」
彼女も彼女で、何らかの理由があって、この反芻病院に通っているのだとか。語りたがらないその理由を追及することはしないし、できなかった。ただ、これだけは教えてもらった。小説家としてデビューした時、家族と、学校と、色々あったのだそうだ。
家族。
学校。
色々ね。
下手に勘繰ることはできなかった。
真っ直ぐに人に意見を言えて――何も悩みもなく、主要登場人物みたいな彼女にも、そういう過去があり、重荷があるのだ。
私に軽く話した後で、「でも、蘭。辛さは比べるものじゃないから。わたしが辛かったことと、貴方が辛かったことは、全然関係ないし、その間には何もない。辛い時は辛いでいいの。幸せな時に、幸せでいいようにね」なんて。まるで物語のような台詞でも、彼女が言うとどうしてか、優しく感じた。
そして、人と会って話をするのがここまで、暖かいなんて知らなかった。
「ん。随分顔色良くなったじゃん。その方が可愛いよ、蘭」
こんな口説き文句も、平気で言えてしまう。
男子だったら惚れていたところだった。
「今日は通院なの?」
「まあそんな感じ。あと、これ。新刊出るから、読んで欲しいと思って」
そういって、綺麗な装幀のハードカバー本を手渡された。彼女の筆名が刻まれている。
「え、いいの? これ、今日発売の奴だよね?」
「そ。この近くに本屋ってないし、私はいくつか編集の人に貰ってるから――あ、ただネットには載せないでね。怒られちゃう」
彼女は舌を出して笑った。
血も涙もない冷血だと思っていた時もあったけれど――この人もちゃんと、人間だったのだ。当たり前すぎて、つい忘れてしまうことだ。
「ありがとう、青山さん」
私が言うと、何だか
え、何か間違ったこと言っただろうか。
「……言おうと思ってたんだけどさ」
「え、何?」
「わたしのこと、名前で呼んでいいから。わたしは貴方のこと、蘭って呼んでるし」
「え……呼んでるよ。青山さんって」
あーもう、と、気恥ずかしそうに、青山さんは目を逸らした。
「下の名前で、呼んでいいよってこと」
「…………」
「言い方変えると、そうね。名前で呼んで。友達だから」
「……」
「だめ?」
少しだけ
抵抗があったのではなく、家族以外の誰かを名前で呼ぶのは、初めてだった。
そんなこと、ずっと許されなかったから。
そっか。
友達、なんだ。
「うん、ありがと、凛ちゃん」
誰かを名前で呼んだのは――というか、そんな間柄の友達がいたことなどなかったから、少しくすぐったかった。
こうして、青山凛と室原蘭の邂逅は劇的に始まり、衝動的に加速し、なあなあに終わった。
物語らしさも脈絡もない。
都合や設定など度外視で、小説に書いてあれば迅速に投げ捨てられるような意味不明な展開でしかなく、一笑に付して一生再読の機会に恵まれない程の、駄文と惰性に満ちた展開で。
その無機質で無慈悲な
ずっとずっと、目を背けたかったものであったけれど。
そんな
(続)
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