第9話「それからの私」

 小説の嫌いなところの一つに、章分けというものがある。


 それまでの物語をぶつ切りにし、簡単に次の展開に行く。作者の都合が見え見えだからである。章と章の間、描かれないところにこそ、本当の物語があるのではないか。探偵小説では、犯人特定から検挙→警察への引き渡しなんかのところがそうだ。「お前は犯罪者だ」と指を突き付けられた人間が、果たして泣いて伏すだけだと本当に思っているのか。分かりやすく自分の罪を認められるとでも思うか? 罪を重ねることに罪悪感を抱くと思うか。犯罪者というレッテルを付けられれば、社会的には死んだも同然。自分の失敗には寛容な癖に他人の失敗には目くじらを立てる一般人たちが「世間」という名の仮称を使って袋叩きにする。そうなるくらいなら、全員を殺すか死んでやると思う心理は、理解できないだろうか。犯罪者に共感の必要はない? あっそ。


 いや、違う。


 そういうことじゃない。


 現実リアル虚構フィクションはそもそも比較するものではない。きっと私は、うらやましいのだ。


 そうやって章を飛ばせば、過程を吹き飛ばすことが出来てしまう、虚構の住人たちが。


 厳しく、厳しく、厳しいだけのこの現実では、そんな掟破りは許されないのだ。


「……青山さんのお蔭、って言うのは、なんか違うのかな」


 一か月程経過した後、診察室で先生を待つ間に、一人で呟いた。


 あの後、青山凛と一緒に私は救急搬送された。


 青山凛こそ窒息による低酸素状態だったけれど――後々聞いた話だと、私のほうが深刻な状態だったらしい。


 過呼吸と精神的負荷による心神喪失、とか何とか。


 まあ要するに、「限界」だったということらしい。


 公衆の面前で、周囲の反応や迷惑にも目をくれず、同級生の首を絞める。自分はどこかイカレているという自覚はあったけれど、それが明確になって良かったというべきか。


 それまでの私だったら、絶対に出来なかった行動だった。


 この手の話にありがちなように「あの時の記憶はほどんと残っていない」みたいなことはない。一言一句、青山凛の首の感覚でさえ、枕元よりも近くにある程に明確に記憶していた。


 多分、自分の気持ちを話したのなんて、初めてだった――と思う。


 家でも、学校でも――、皆に怒られなくて済むと思っていたから。


 や、だからって、首を絞めちゃ駄目だよね。


 結果、精神的不安定ということで入院する羽目になったために、その間高校も欠席した。学校には先生――塗無先生が連絡してくれたらしい。


 欠席の連絡を学校から受けたのか、親からげんなりするような長文メールが来ていた。返信して直ぐに削除した。


 それから精神科に通った。塗無先生と、青山凛の勧めでもあった。


 ぶっちゃけ精神異常者が行くところだと思っていたので最初は抵抗があったけれど、「あなたは精神異常者だよ」という、青山凛からの鋭いツッコミを受けて、通院することになった。


 意外と予約が大変でびっくりした。


 ストレス社会とか何とか言って、自分の辛さを何かのせいにすることは悪いことだと思っていたけれど――そうでもなかったらしい。




(続)

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