第7話 絶体絶命の窮地と現れた者


 外に吹っ飛ばし、月光の下で悶え苦しんでいるブッチを背にして俺は、調理場にいる三人に向き合い直す。


「な、何だと……ば、馬鹿な!? どうなっているっ!?」


「……一体どんな裏技を使った?」


 ギャレットは俺のやった事に対して驚愕し、開いた口が塞がらないようだ。額から冷や汗が頬を伝い地に落ちる。


 ボンズは一見驚きながらも冷静に見極め、俺にカラクリがある事を何となく察しているようだった。

 

 さすがにいくつもの修羅場を潜ってきたであろう、尋常ではない雰囲気を醸し出している男だけの事はある。


「ふんっ! そんな事お前等に教えられるか!――シンシア良く聞いてくれ。俺がこいつらを相手にするから、君は子供達を頼む」


 俺はシンシアを庇うように彼女の前に躍り出て、耳打ちするようにそっと呟いた。


「……っ!? で、でもリベロ!」


「『でも』は無しだ、シンシア。子供達には君しかいないだろ?」


「っ!?……分かったわ……気を付けてね?」


「ああ、任せとけ!」


 納得していない様子だったが俺にそう言い残し、調理場を出て駆けていくシンシア。

 

 これで心おきなく戦える。


「ちっ、小娘がっ!?」


 後を追おうとしたギャレットが駆け出すと、俺は即座に十倍の身体能力の力で瞬時に奴の道を塞ぐ。一瞬で移動した俺に、更に目を見開くギャレット。

 

 正直自分でも内心驚いている。俺以外が全員、時が止まったかのように動きがスローに感じるのだ。


「っっ!!!???」


「お前等の相手は俺だろ?」


 俺はそう言うと、ギャレットの顎を目掛けて利き腕である右の拳を振り抜く。


「フンッ!」


「ゴァッ!?」


 殴られたギャレットは直後に白目を向き、足元から崩れるようにして倒れた。口からヨダレをたらしながら気絶をしている。どうやら上手くいったみたいだ。

 

 はっきり言えばこんな奴、力任せに顔面をぶん殴って口も聞けないようにしてやりたい所なのだが、こいつ等には後々”証言”という大事な仕事がある。喋れなくなってもらっては困るのだ。

 

 ……まあ、腐った衛兵に突き出してもこいつ等の事を全うに調べるとは思えないが、その辺は後で考えるとするにして。


「次はお前だな?」


「……フッ、いい気になるなよ、小僧?」


 俺はボンズを見据える。スキル開花以前の俺なら、きっと何も感じなかったであろう奴の闘気というものが痛いほどに肌に突き刺さる。身体能力が向上したせいでもあると思うが。

 

 こいつの闘気はブッチのような荒々しさは殆ど無い。ブッチが荒ぶく炎のようだとすれば、ボンズは静かな川の流れといった感じだ。


 まあもちろん、流れているのは清流ではなく薄汚ない汚物だけどな!


「笑っていられるのも今の内だ!」


 そう言い放ち床を蹴って、一瞬で奴に詰め寄る俺。身体能力に物を言わせた蹴りをブチかまそうと、ギャレットと同じく顎目掛けて足を振り抜く。

 

 ……が、残念ながらそれは空振りに終わる。


「なっ……!?」


「……お前がどうしてそのような力を突然得たかは、まあ今さらどうでもいい。どうせ殺すしな――この際だ、はっきりと言ってやる。お前、戦闘経験がないド素人だな?」


「くっ!?」


 渾身の蹴りを空振った俺の後方に、バックステップで移動していたボンズが、まさに俺の急所と言うべき痛い点を打つ。

 

 そうだ、奴の言う通り俺には格闘や戦闘経験なんてものはない。精々、村の悪ガキと取っ組み合いの喧嘩をしたとか、村の衛兵のおっちゃんに少しだけ相手を無力化する術を習った位だ。

 

 実は顎の強打で気絶させる事ができるって知っていたのは、このおっちゃんに習った為だ。


「その焦りよう……やはりか。しかもギャレットの旦那と同じように、ご丁寧にも顎を狙ってくるとはな。お陰で避けやすかったぞ?」


「っ!?」


「フンッ……戦いを早く終わらせたいという証左だ。お前のその能力、スキルか? 恐らく時間制限付きなのだろう?」


 全部バレてんじゃねぇか! 何なのコイツ、心の中を読めるの?


「言っておくが、心の中を読んでなぞいないからな? まあ世の中にはそんなスキルもあるかもしれんが……俺のこれは只の推察だ。長年に渡る経験則から来るものと、幾つもの修羅場を掻い潜って来た故の洞察力。それらの動因を探れば容易い事だ」


「ちぃっ!……全部お見通しって訳か」


 何もかも見透かされている事に驚嘆を禁じ得ないが、奴の言う通りに俺には時間がなかった。何故なら脳内に、先程からご丁寧にもスキルの奴等が時間をカウントダウンしているからだ。

 

【怒髪天】(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)

          ⊃[残り8分]⊂


 どうやら一分毎に知らせてくれるらしい。親切設計だ。

 

 ……残り八分でこいつと外のブッチを相手か……キツイが、ヤルしかない!

 

 そう強気の姿勢でいられる位には、実は俺には秘策があった。

 

 それはボンズが腰にぶら下げている剣だ。奴は多分、剣で闘うのが本職なんだろう。だがこの天井が低い部屋の中では、その真価を発揮できないと踏んでいる。そこに勝機を見出だすしか、今の俺には道は無かった。


「……等と考えているなら無駄だぞ? 俺のこの剣はレイピアと謂って、刺突を目的にした細剣だ。寧ろこういう狭い場所こそ、真価を発揮できる得物だからな」


 ……ちっくしょぉぉっっーー!!!

 

 何なの? 本当に何なのコイツ!?

 レイピア? そんな剣があるなんて知らなかったよ? 

 

 只の農夫が武器の種類なんて知る訳がないだろう!?


 ドヤ顔で秘策とか言っちゃってた俺、黒歴史過ぎる……少し前の俺をブン殴りたい。


 勝機の道どころか八方塞がりとはこの事だ。

 

 俺は苦々しく、ボンズの顔を睨む。くっ、万事休すか……。


「……どうやら万策尽きたと言った所か? まあ久々に面白いものを見せて貰った礼だ、精々苦しまずに一撃で葬ってやろう」


 そう言って奴は腰に差したレイピアを抜き、腰を落とした片手構えで剣先を俺に向けてくる。

 

 レイピアというのは片手剣なのだろう、それ位の知識も俺にはあった。

 

 その数瞬、ボンズの身体がぶれたかと思えば稲妻の如き早さで俺の急所目掛け、刺突を繰り出す。


「シィッ!」


「ぬぉっ!?」


 俺は咄嗟に側にあった鍋の蓋を盾代わりにし、心臓付近に掲げる。

 

 蓋に剣先が当たるのと同時に、甲高い金属音が部屋に鳴り響く。


「何っ!?」


「……へへ、お前が言ったんだろ? 一撃で葬るってな。だったら狙いは心臓か頭だ。だけど剣先はどう見ても心臓に向いていたからな、?」


 ボンズに向け俺は、先程自身が言われた言葉を少しばかり文言を変え、返す。


「……フンッ、只のまぐれの癖に皮肉のつもりか? 良いだろう。貴様がそのつもりなら一撃で葬るのは止めだ。極限まで苦しませて、殺してやる!」


 俺の一言で頭に血が昇ったのか先程とは打って変わり、穏やかで灘らかな川の流れが激流に豹変したように荒々しい牙を剥いてきた。


「行くぞっ!!! 乱れ突き!」


「うぉっ!? くっ!」


 奴の刺突が縦横無尽に俺の身体に向け、容赦無く放たれる。その突剣はまさに自由自在で、足から頭まで瞬きの合間に連撃が入り、動体視力も十倍になっている俺ですら、目で追う事は困難な程だ。


「冥土の土産に教えてやろう! このレイピアはな、そもそも手傷を多く負わせ出血多量で殺す事を目的とした剣なのだ! どうだ? じわじわ死んでいく感想は!?」


「ぐぅっ! くそっ」


 身体の防御も十倍な為、何とか持っているがジリ貧だ。蓋の盾で致命的な急所は守りつつ、反撃のチャンスを伺うが、隙は一向に見当たらない。

 

 その間にも俺の身体は無数の傷が付き、出血が激しくなっている。


「シィッ!!!」


「ぐぁっ!?」


 ボンズが刺突ではなく、下からフェイント気味に剣を凪ぎ払う。それと同時に俺が持っていた蓋という名の盾が宙に舞い部屋の端まで飛ばされて、カランという音と共に床に投げ落ちたのだった。


「フンッ、どうだ? レイピアはな、刺突だけではない。こういう使い方もできるのだ。さあこれで、貴様が身を守る術は無くなったぞ?」


「……く、クソッタレがっ」


 出を流しすぎたせいか、思考が回らない。俺は右膝と右手を床に付き、頭から流れ出る血液を目に入らぬように右目を瞑りながら、残った左目でボンズを見据える。

 

 俺の身体は既に力が入らなくなってはいたが、全身を使い荒い呼吸を繰り返しながら、気力で精神を保っていた。


「……なるほど、根性だけはあるようだな? だがその強がりもこれで終いだ」


「うぅっ……」


「死ねぇぇっっ!!!」 


 奴の切っ先が真っ直ぐに俺の眉間を捉え、寸分の狂いなく剣尖けんせんが放たれる。

 

 ここまでか……諦めの境地で走馬灯を見る。親父、お袋、シンシア、みんな……スマン。


 



 

 


 ――俺が生を諦めかけたその時、突如として部屋に吹いた一陣の風。


 それと同じくして部屋中に反響する、金属同士が重なった剣戟けんげきの音。


 弾き出されたレイピアが、クルクルと輪を描き床に突き刺さる。 

 

 当然の如く死を覚悟した俺の目の前に現れたその人は、優しくも厳しい眼差しで俺にこう告げた。


「生を諦めるには早過ぎではないですかな?」



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