第8話 月下に咲く一輪の薔薇と一振りの剣


 突如として俺の前に現れ、窮地を救ってくれた人物。

 

 頼りない室内の蝋燭の火と、外の月光に淡く照らし出されたその面影を、片目で見上げる。


 そこに居たのは怪しい光を放つ一振りの長剣を携えている、壮年の男性であった。


 服装は物語に出てくる執事が着ているような、黒を基調とした装い。年齢は五十位だろうか? オールバックに撫で付けた黒の頭髪に、所々白髪が混ざっているので推測ができる。


 眼光は鋭く、切れ長の目も相まって抜き身の剣のような鋭さを感じる。鼻の下に蓄えられた髭は、ギャレットのような汚さはなく、紳士らしさを兼ね添えていた。

 

 背は俺と同じ位で、高い方の部類だろう。そして服の上からでも分かる、圧倒的な強者を思わせる身体の作り。


 俺の向上した神経が囁いていた……この人は、下手に触ると火傷をすると。


「あ、あなたは一体……?」


「とりあえず今は、貴殿の味方とだけ申しておきましょう。悠長に自己紹介をしている暇は無さそうなので」


 紳士はそう言って弾き飛ばし床に刺さっていたボンズのレイピアを抜くと、瞬く間に横投げにして外に放り投げたのだった。


「……っ!? 貴様! 何者だ!?」


「まあ、あなた程度の小物相手ならこの部屋の中でも長剣を使う私にはハンデすらなり得ませんが……此処は食事をいただく場所です。そこで剣を振るう等、私の矜持が許しませんのでね」


「こ、この俺が……こ、小物だとっ!?」


「おや? プライドだけは高いようですね? であるならば、決着は外でつけましょう。さあ、付いてきなさい」

 

 ボンズを挑発し、壁に空いた穴から外に出て行く紳士。小物と言われ、プライドを傷つけられたであろう奴は、かなりの激昂状態だ。


「……いいだろう。その安い挑発に乗ってやる! 後で吠え面をかくなよ?……小僧! 命拾いしたな――まあ奴を殺した後、どうせ殺すがな?」


「くっ!?」


「……フンッ! 精々少し延びた寿命を味わっていろ」


 見下しながらそう捨て台詞を吐き、紳士の後を追うボンズ。悔しいが俺は奴の言う通り、黙って二人を見送るしか出来ない。もはや指一本動かせる、体力も気力も無かった。

 

 



 



 


 ――その時である。調理場奥の開いていたドアから、もう一人の乱入者が影を現したのだった。


「オーーーッホッホッホッホッホ!!! 天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、呼ばれて飛び出てキマシタワー! 月下に咲く一輪の薔薇、ワタクシ参上! ですわ!」


 ……そう、けたたましい、高笑いと名乗り口上を唱え、決めポーズをキメながら。


「……だ、誰だっ!?」


「あら? 淑女に向かって第一声が”誰だ”は無いのでは?」


 コツコツと靴音を立てて暗がりから俺の目の前に姿を見せたのは、豪華な鳥の尾羽が付いた扇子を口に当て孤児院には場違いである煌びやかな衣装を身に纏った、俺と同い年位の少女。

 

 月夜に照らされたシルクのような透明感溢れる素肌は美しく光輝き、縦巻きにした煌めくブロンドの髪は一本一本まで手入れが行き届き、まるで金糸を見るかのようであった。

 

 吊り目で大きい瞳はサファイアのような澄み渡った青色、そして筋の通った小鼻と桜色の花唇かしん。服の上からでも分かる凹凸の主張の激しい豊満な体躯。


 端的に言えば、美の女神が降臨したのだ。


 もちろんそれは比喩で、俺は女神様を見た事などはない。だがきっと女神様が顕現したならばこのような感じなのだろうとそう思わせる程に、俺は少女に魅入っていた。


「……はは、女神様直々のお迎えか……」


「女神様に間違われるのはこの上ない名誉ではございますが、呆けている場合ではありません事よ? 貴方にはやるべき事がある筈。さあ、これをお飲みなさい」


 俺は死地の縁からお迎えが来たのだと思ったのだが、そうではなかったらしい。少女は呆然としている俺に、一本の瓶を差し出してくる。


 中身は薄い翡翠色で月光が反射している為か、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 少女は瓶の口に添えられていたコルクの蓋を外し、俺の口の中へと強引に中身の液体を流し込む。


「んんっ!? ゴクッ!」


「全部飲み干しなさいませ」


「んぐぅ、んぐぅ……ごくり――プハァッー!!!」


 強制的に飲まされたソレを少女に言われるがままに完飲し息継ぎをしていると、途端に俺の身体が劇的な変化を生じさせていた。

 

 まるで時間が元に戻ったかのように、あれ程ボンズとの戦いで傷ついていた身体が瞬時に治癒されていったのだ。

 

 しかもそれだけではなかった。体力も気力も失われた血液すらも回復しているようで、指一本動かせなかった先程までの自分が嘘のようである。


「す、凄い! こ、これは何ですか?」


「これはハイポーションですわ」


「は、ハイポーション……?」


 田舎物の俺でもポーション位は知っている。村にもオババが営んでいる道具屋に、たまに店先に並んでいた。


 だが、ハイポーションなど聞いた事が無かった。語感から察するに恐らく、ポーションの強力版である事は何となく想像がついたのだが。


「こ、これは……ち、ちなみに……お、お、お幾らですか?」


 きっと俺が簡単に払える金額では無い事は知りつつも、少女に対して勇気を出し恐る恐る聞いてみる。


「さあ? 確か一瓶、金貨百枚位だったでしょうか?」


「ききき、金貨っ!? ひゃ、ひゃ、百枚ぃぃっっ!!!???」


 俺は少女の言葉を聞き、回復したばかりだというのに目眩がし、気絶しそうになるのを何とか堪えたのだった。


 金貨百枚など、俺が爪に火を灯すような生活をしながら数年がかりで、ようやく返済ができるような金額だ。


「貴方に払えだの申しませんわ。それよりも今は、やるべき事がありますわよね?」


「え……?」


「貴方は守りたい者があるから、ここに居るのではなくって?」


 目の前の少女に言われ俺は、はたと気付く。


 そうだ、俺はシンシアや子供達を守る為にここに居るのだ。


「あのレイピアの剣士は、うちのセバスが相手にしておりますわ。ならば貴方はあのデカブツが相手。見なさい、彼が起き上がって来ましたわ」


 少女が指を指す外を見る。セバスと呼ばれたあの紳士がボンズと戦っている。だが戦っているというよりは、ボンズが遊ばれているようにしか傍目には見えない。


 その横で地に伏し、痛さに転げ回っていたブッチが回復したのか、ノソリと立ち上がっていた。


 が、その様相は少し前と違っており、オーラのような物が身体から漂っている。

 

 月夜に照らされた顔つきも、まるで伝え聞いた魔物のオーガにソックリであった。


「あれは恐らくスキルですわね」


「スキル……」


「ええ、文献でしか見た事がないので詳しくは分かりませんが、もしかしたらあれは、バーサーカーというスキルかもしれませんわね」


「バーサーカー……?」


「いわゆる狂戦士化というヤツですわ。痛みも意識も飛ばして、ただひたすらに目の前の物を破壊、蹂躙し尽くすという狂暴凶悪極まりないスキルですの」


 俺は少女からその言葉を聞き一瞬身震いがしたのだが、直ぐに恐怖は拭えた。


 ようは俺のスキルと大して差はない訳だ。そう思うと、身体の中から何かがたぎって来るのを感じた。

 

 ――何だ、俺も男だったという訳だ。


「それじゃあ、あいつをブチのめしに行ってきます」


「ええ、ガツンとやってやりなさいな」


 月下の中、優雅に出で立つ少女にそう言って別れを告げ、俺は標的を目掛け外へと歩を進めたのだった。



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