第6話 脳内ジャッジさんブチキレ→からの俺、覚醒


 少しばかりの時間、お互いに沈黙が続いた後、口を開いたのは今まで無言を貫いてきた以外な人物であった。


「……もう良いだろ、ギャレットの旦那。強引にサインさえさせちまえば、後は煮ようが焼こうが好きにできる」


 状況を静かに見守っていた痩せの男が、辛抱が耐えきらなくなったのか、突如物騒な言葉を口にし出す。


「――うむ、しかしだなボンズ……ボスには余り派手にやり過ぎるなとキツく言われていてな」


 ボンズという痩せの男に言われたギャレットは、チョビ髭を指でなぞりながら逡巡した後、そう言って歯切れの悪い言葉を紡いだ。

 

 ボス……ということは、こいつ等の上に更に居るという事か?


「大丈夫だ。ボスには俺からも言付けておく」


「本当か?」


「ああ。ナイト気取りの馬鹿は口封じで殺して、女の方も子供を人質に取れば素直に言う事を聞くだろう」


 随分と俺の悪口を重ねてくれているようだが、半分以上本当の事なのでそれに関しては何も言えなかった。


 だが殺されてたまるか! シンシアと子供達の件にも、絶対に同意できる訳がない。


「そうだな……ここまで温情で下手に出てやったのだ。もういい加減に、良い頃合いだろう――おいブッチ、やれ」


「? お、おう。わ、わかったぞ!」


 ギャレットはそう言うと、納得したかのようにブッチへ命令を出す。

 

 言われたブッチがドスドスと重そうな足取りでシンシアに歩み寄り、腕を強引に掴む。


「いやぁっ! 離してっ!」


「てめぇ! このハゲ野郎! その薄汚ねぇ手をシンシアから離しやがれっ!」


 俺は奴の、丸太のような腕を掴みシンシアと引き離そうと藻掻く。だが悲しいかな、力の差は歴然で、びくともしない。


「お、おまえ、じゃ、じゃまだぞう!」


「ガフッ!?」


 俺は再びブッチに勢いよくぶん投げられ、割れた皿などが散乱する床を転げ回り、横倒しになっているスープ鍋に衝突した所でようやく止まったのだった。


「リベロっ!?」


「さ、シンシアの嬢ちゃん、さっさとこの契約書にサインをして魔力を流すんだ。そうすれば誰も怪我をしないで済むぞ?」


「っ!? あなた達一体何をっ!?」


「さぁな……ただ子供達の一人や二人、居なくなっても問題ないだろ? よくある事だ」


 俺は床に這いつくばりながら、奴の胸糞が悪くなるような言葉を聞いていた。ボンズとかいう奴の提案通りに子供達を人質にする気なのだろう。

 

 クソックソックソッ!!! クソッタレがぁっ!!!

 

 俺は拳を握り床に叩き付けながら、心の中で吠える。腸が煮えくり返るとはこの事を云うのだろう。


 ただし俺は奴の言葉よりも、何もできない自分に腹が立っていたのだ。

 

 おい、脳内スキル達! こういう時こそ出番だろ、何とかならないのかよ!!??


【悲報】(´»·ω·«`)(´»·ω·«`)(´»·ω·«`)(´»·ω·«`)

     ⊃[腹が減っては戦ができぬ]⊂


 激痩せしてんじゃねぇーか!

 どういう事っ!? 

 

 まさか俺の腹が減っていると、お前らも力が出せないとか?


【YES】(´»·ω·«`)(´»·ω·«`)(´»·ω·«`)(´»·ω·«`)

        ⊃[いざくとりぃー]⊂


 いざくとりぃーってなんだ? 

 多分肯定って事か? 

 

 クソッ! 腹が減ってるだと? 

 

 ……俺は目の前に転がるクズ野菜と、煮込んだ鶏肉らしきものを見つめる。 

 

 ……分かったよ、いいじゃねぇか! 何でも食えるもんなら食ってやるよ!!!


 俺は床にぶちまけられたソレらの食材を口の中に入れ、強引に咀嚼をする。

 砂利が口の中で暴れまくる。構うことはないと俺は一気に飲み込む。


 続けて同じように床に這いつくばりながら散らばったそれらを拾い集め、口に放り込み、咀嚼し、飲み込む。


「……旦那。こいつ、床に散らばった食いもんを食っているぞ?」


「ん?……ああ、ほっとけ。気でも狂ったんだろ」


「い、いぬ、み、みてぇだ。ガ、ガハハハハ」


「……リ、リベロ?」


 奴等が俺を侮蔑した目で見てくるが気にしなかった。シンシアの視線は痛かったが、今は仕方がない。

 

 俺は構わず一心不乱に食う。

 

 拾い集め口に放り込み、咀嚼し飲み込む。

 拾い集め口に放り込み、咀嚼し飲み込む。

 拾い集め口に放り込み、咀嚼し飲み込む。

 咀嚼し飲み込む……。


 ああ、旨いな。シンシアの料理は最高だ……だからこそ、こんな事をした奴等を許しちゃおけないよな……フゥ。


 ……さあ、どうだ? 腹はソコソコ膨れたぞ?


【朗報】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

       ⊃[腹八分目]⊂


 腹八分目……充分だろう。

 おいっ、頼む! お前達の力を俺に貸してくれっ!!!


【OK】(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)(´·ω·`)

    ⊃[身体能力10分間10倍]⊂


 身体能力10倍……これなら、やれるかもしれない。ありがとうな!


【怒髪天】(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)(#`°ω°´)

        ⊃[やっちまえ!]⊂


 任せとけ!!!

 

「……フゥーーー」


 立ち上がり、俺は深い深呼吸をする。


 そして今もシンシアの腕を強引に掴み、無理矢理契約書にサインをさせようと迫っているブッチにおもむろに歩み寄った。


「ん? な、なんだ、おめぇ? ま、また、ぶ、ぶったおされてぇのか?」


「その汚ねぇ手を離せ、ブタ野郎!」


 俺はそう言ってブッチの左手首を取り、そのまま力を込めて握り潰した。

 

 枯れ木を折ったような骨の砕ける耳障りな軋轢音が、台所に響き渡る。


「ギャアアアアアァァァッッ!!!!???? い、いてぇ、いてぇよぉぉぉぉ!!!」


 砕けた手首の骨を右手で庇うようにして頭上に振り上げ、幼子のように泣き叫ぶブッチ。

 

 俺はその隙を見逃さない。


 空いたブタ野郎の腹を目掛けて腰を捻り、拳を強く握りながら大きく振りかぶって、体重を乗せた上で音よりも早く突き出し思いきり殴りつけた。


「オラァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」


「ウボォエェェェェェェッッッ!!!!!!?????」


 殴られたブッチは衝撃の凄まじさから、さも圧縮された空気が飛び出すように身体をくの字にしならせ、吐瀉物を撒き散らし調理場の壁を轟音と共にブチ抜ける。


 外へとその巨体が投げされ、勢いよく転がってゆく。


「さあ、これからが本番だ! 覚悟しろよ、てめぇ等!」


 俺はいつの間にか出ていた満月の光に照らされながら、吹っ飛んだ先のブッチを睨みながら大声で言い放った。



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