第5話 騒動は降って湧いてくるもの


 あれから子供達に絵本や童話を読み聞かせているのだが、ある程度予想はしていたとはいえ、本すらも酷い有り様だった。

 

 所々破れる汚れるは当たり前、繋ぎ止めていた紐が一度切れてしまったんだろう、順番が適当な本が多かった。ある意味、斬新ではあったが。

 

 助けを求めていた囚われのお姫様が、次のページでドラゴンを倒した時には、俺は一体どういう絵本を読んでいるのか混乱しましたよ、ええ。


 そんな愉快な時間を過ごしていた時だった。

 

 




「キャアァァァァァァッッッ!!!」


 突然過ぎるシンシアの悲痛な叫び声。同時に皿の割れる音や、調理器具などが散乱した音などがここまで響き渡ってくる。

 

 調理場で料理をしているはずのシンシア。これは只事じゃない。馬鹿で呑気な俺にもそれ位は理解できた。即座に持っている絵本を放り出し、年長者のミールに告げる。


「ミール! 俺はシンシアの様子を見てくる! お前はここに居てみんなを守れ、いいな? 絶対にここから動いたらダメだぞ!」


「……う、うん。分かったよ、リベロ兄ちゃん! 俺がみんなを守るよ!」


「良し、偉いぞ! 頼んだぞ!」


 ミールも事の重大さを一瞬で理解したようだ。言う事に素直に従ってくれた。


 俺はミールに伝言すると、調理場へと駆ける。体力は殆ど残っては居なかったが、頑丈さは俺のウリだ。

:

:

「シンシア! 大丈夫かっ!?」


「リベロっ!?」


 廊下を曲がり、玄関口の先にある調理場に駆け付け身を雪崩れ込ませると、そこに居たのはシンシアだけでは無かった。

 

 口にチョビ髭を生やした小さいおっさんと、ガタイの良いスキンヘッドのごつい男。そしてもう一人、長髪で痩せてはいるが腰に剣をぶら下げた、雰囲気が明らかにヤバそうな男の三人が、シンシアを取り囲んでいた。


 なるほど、これが例の地上げをしている悪徳業者って奴等か。俺は一目見て理解した。


 そいつらは飛び込んできた俺を、一斉に凝視する。


「おー、これはこれは。誰かは知らないが、さしずめ騎士ナイト様のご登場、といった所かな?」


「お前らシンシアに何をしたっ!? このチョビ髭野郎!」


「チョビっ!?……ゥオッホン! あー、君は初対面の人間に対するマナーというものを知らんようだな?」


「ふざけんな! か弱い女の子相手に、こんな事するような奴等がマナーとか、笑わせんじゃねぇよ!」


 俺は床に散らばった、今日の夕飯のスープであったろう残骸を指し示してチョビ髭に言い放つ。もちろん俺が食いっぱぐれた事への怒りはある。

 

 だが別に俺は良かった。一日や二日、飯を抜いた所で死にはしない。だけどシンシアはじめ孤児院の子供達は違う。育ち盛りの子供達やシンシアにとっては、一食一食が大事な命の糧だ。それを事もあろうに台無しにするなんて……。


 しかも皿も割られている。皿一つだって、この孤児院には高い買い物であろう。とてもじゃないが、許せなかった。


「ああ、それはちょっとした行き違いでね。まあどっちにしろ、こんなクズを煮込んだスープなど、大した栄養にはならんだろ?」


 そう言ってチョビ髭は、床に転がった鍋を爪先で蹴ったのだった。


「てめぇっっ!!!!」


 頭に血が昇った俺は、チョビ髭に掴み掛かろうと身を乗り出し腕を伸ばす。

 だがそれは、横から伸びてきた別の腕によって阻まれた。


「んー? ぶ、ぶちょうに、さ、さわったら、ダ、ダメなんだぞう」


「ちっ! クソっ! 離しやがれ、この馬鹿力野郎!」


「オ、オレ、バ、バカじゃないぞう!」


 スキンヘッドのゴツイ男が、俺の腕を締め上げる。振りほどこうとするが、ビクともしない。こうみえて農業で鍛えた腕力には多少の自信のあった俺だが、体躯の差からくる身体能力の違いに愕然とする。


「ふぅ、やれやれ。私は荒事は嫌いなんだ。ブッチ、離していいぞ」


「あ? い、いいのか?」


「ああ、構わん。今ので力量は大体理解した。この程度ならどうせ何も出来ん」


「わ、わかった。ほ、ほらよっ!」


「ガァッ!?」


 俺はブッチとかいうデカブツに無造作に放り投げられる。身体はテーブルに直撃し、間にあった椅子の背もたれにのし掛かるような体勢になって倒れ込んだ。


「リベロっ!?」


「だ、大丈夫だシンシア。お、俺は頑丈さには定評があるんだ……」


 投げ出された俺を心配したシンシアが駆け寄ってきて、支え起こしてくれる。俺は彼女のか細い肩に腕を回し、ふらつきながらも立ち上がる。


 全く、何て情けない姿だ。守る所か逆に守られていたら、世話がない。


「さて、不毛な事はいい加減に無しにして、穏便にビジネスと行こうじゃないか。どうかなシンシア嬢? さっきの金額でここを売っては貰えんかね?」


 チョビ髭がそんな俺達の様子に動じずもせず、両手を広げて胡散臭い笑みを浮かべながら、そう言い放つ。


「何度も言ったはずです、そんな金額では売れませんと! 金貨十枚とか、私達は売った後どうやって暮らしていけばいいんですか?」


「金貨……十枚だと!?」


 シンシアの口から出た言葉を思わず反芻してしまう程に、俺は驚愕した。非常識な程に低すぎるからだ。


 四人家族が一ヶ月金貨二十枚あれば普通に暮らしていけると、一般的には謂われている。


 つまり金貨十枚では四人家族が二週間足らずしか食ってゆけない。四人家族どころじゃない孤児院の子達は、言わずもがなだ。


「だから何回も言ってるだろう? 孤児達は別の施設に引き取るし、君には別口の働き場所へ紹介状を書くと」


「あなた方の商会の噂は耳にしています、ギャレットさん。なんでも奴隷売買に手を染めているとか……それで子供達を売り払うつもりですか?」


「なっ!?」


 ある意味今日一番の衝撃的な事実を俺は、シンシアの口から聞いてしまった。


 奴隷売買はこの国では一切禁止をしている。発覚すれば重罪となる脱法行為だ。関わった者は良くて鉱山労働行き、首謀者は間違いなく死罪になる。


「……そんな根も葉もない噂で、人の好意を足蹴にするのかね、君は?」


「私への紹介状も、裏でお客さんを取るような如何わしいお店だって、聞いて知っています!」


「ハァッ!?」


 またも俺は顔は驚愕に染まる。い、如何わしいって、そういう店だよな……?俺は思わずシンシアのアレな姿を想像してしまう。


【審議中】(′・ω)(′・ω・)(・ω・`)(ω・`)


 脳内の奴等が審議を始める。多分これは教育的指導という名の仕置きだろう……。

 

 すみませんでした! 


「……チッ。みすぼらしい見た目のお前でも、好事家の需要でもあるかと思って優しくしてやっていれば付け上がりやがって! 誰が余計な事を小娘に吹き込みやがった!?」


 俺が脳内でそんなやり取りをしていたら、態度が急変するギャレットという名のチョビ髭。どうやらこっちが素顔らしい。

 

 今までのにやけ面とは一転して、眉間にシワを寄せた険しい表情になる。シンシアに本心を突かれ被っていた皮が剥がれた結果、本性を現したようだ。


 顔を歪めるギャレットの横顔を、テーブルの上で煤を吐きながら小さく揺らぐ蝋燭の火が照らし出す。


 俺はそれを殺さんばかりの視線で、睨み付けていたのだった。

 


_____________________

貨幣の価値は日本円に直すと以下の感じです。


金貨一枚  → 一万円

半金貨一枚 → 五千円

銀貨一枚  → 千円

銅貨一枚  → 百円

鉄貨一枚  → 十円


金貨の上にも商家などが使用する白金貨があります。

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