第2話 ドロップキック
女体変化をした寝起きドッキリの前の日――いわゆる前日譚。
退屈な授業も終わった放課後。
部活をしていない玄乃は授業が終われば特に学校に用はないので、週三日入っているバイトが無い日はそのまま寮のワンルームマンションへと帰る。
この日はバイトが無い日だったのでいつも通りの通学路を通っての帰宅途中、いつも通りの展開じゃない場面に出くわした。
「いい加減にしてッ! 彼女嫌がっているでしょう!」
学校前駅まで続く大通りから一本それた道。多くの生徒が使う通学路と化している車一台が通れるほどの生活道路に、玄乃が通う高校と同じ制服女子が二人+作業着のようなツナギのような服装の男が三人。
合計五人の内、見覚えのある顔が一人。
(む。委員長じゃんか。もう一人の子は知らないな。男たちは――
西暦20XX年。少子化を主因とした人口減少に伴い、政府主導による緩やかな人口管理体制の社会実験が行われることになった。その中の一つが人口の約七割を学生が占める学生都市計画である。
生まれや親の財力による地域格差をなるべく均等にし、学業を始めるスタート地点を同じにするというのが主とした目的だった。
玄乃が暮らす学生都市には小中一貫の学校が二つ、専門学校を含めた高校が三つ、大学が一つあり、都市外から通う生徒もいるが、多くの学生が親元を離れてそれぞれの学校が管理する学生寮で生活をしている。
学生都市の残り二割が都市運営に従事する大人となり、残りの一割がいろいろな理由で学生であることを止めた者――
「いいかげんにしてじゃねぇよッ! 先にぶつかって来たのはそっちだろうが――よぉッ!! あぁぁ!?」
玄乃は歩く速度を落としてゆっくりとしつつ状況を確認する。同級生の委員長がいる時点で素通りや回れ右は却下である。
委員長はもう一人の女子生徒を背後に庇いつつ、目の前の三人の男を睨みつけていた。
男たちは先ほど恫喝のセリフを吐いて詰め寄った男を中心に、残りの二人が微妙に左右に動いていた。逃がさないための位置取りだろう。
男たちの慣れた行動から
委員長たちの後ろは自販機があり逃げられない。
(さて、どうしたもんかね――ん?)
進行方向上空にこちらに向かってくる黒い物体に気づく玄乃。鳥ではない。
(いいタイミングだッ!)
駆け出す玄乃。
「とりあえず二人とも俺たちにつきあ――」
「とおぅ!!」
委員長の腕を掴もうとした男の1メートル手前でジャンプ。
スライディングの要領で空中の身体を横向きにすると、慣性そのままに玄乃の両足の裏が男の肩口にぶち当たる。
「うぉ!!」
当然ながら男は真横に吹っ飛んでいく。
玄乃は腕立て伏せのような状態で地面に着地すると素早く身を起こした。
「何だテメェ!!!」
「どっから湧いてきたッ!!」
委員長たちを左右から囲んでいた男二人が玄乃の方へと身体の向きを変える。
「――このヤロー……」
吹っ飛ばされた男も立ち上がり、怒りの表情でゆっくりと近づいてくる。
(怪我とかなくて何よりだ)
もちろん、怪我などしない程度に手加減した。
実際には派手に吹っ飛ばされたように見えたが、その実、玄乃が蹴り押したというのが正しい。多少の擦り傷くらいは出来たかもしれないが。
(よしッ!)
ちらりと上空を見る玄乃。
「はいはいは~い♪ 皆さん、ちゅうもくぅ~♪」
パンパンと手も叩きながら五人全員がこちらを見ているのを確認した玄乃は、両腕を勢いよく下から振り上げるようにして上空を指さす。
「お空をご覧くださ~い♪」
一同、空を見上げる。
ちょうど真上には防犯用カメラを搭載した治安監視ドローンが。
「はい、チーズ♪」
そんなドローンに向かって玄乃はピースサイン。
「あッ!」
「おい、まずいぞッ!」
「やべぇ!」
「おー、おー。"脱兎の如く"とはまさにこのことだな」
あっという間にその背中が小さくなっていく三人組を、額に手をかざして
途中の脇道を曲がって完全にその姿が見えなくなった頃に、後ろから名前を呼ばれた。
「――猫田くん?」
「よッ! 委員長。大丈夫か? 怪我とかないよな?」
「えぇ。大丈夫よ。助けてくれてありがとう」
まだ少し強張った表情は固く、声には緊張が含まれていたが特に取り乱すといったこともなく落ち着いた雰囲気に「ン」と返事を返す玄乃。
赤いフレームメガネに二本のおさげ。玄乃と同じくらいに真っ黒な髪。
背筋をピンと張り、一見して真面目で勉強が出来そうだと感じさせる雰囲気を醸し出している知的美少女然とした態度。
どこに出しても恥ずかしくないおさげ髪、いや、おさげ神な委員長とは彼女のことだろう。
「――で、その娘は?」
委員長の後ろに隠れているもう一人の女子生徒に視線を向ける。
わからないという意味を込めて首を振る委員長。
「さっきの連中に絡まれているのを見かけたから」
玄乃と同じように三人に絡まれている状況を見て助けに入ったそうだ。
「――あなたは大丈夫だった?」
委員長の言葉にコクコクと頷く女子生徒。彼女の方はまだ完全に恐怖から立ち直っておらず、その小さな肩がかすかに震えている。
「そう。怖い思いをしちゃったわね。もう大丈夫よ。あなた寮生?」
今度はフルフルと首を振る。
学生寮に住む寮生ではないとすると、通称"外様"と呼ばれる都市外からの通学生かあるいは――。
「――パ、パパが学区内でお仕事してるから……」
「あぁ、そうなの。じゃぁ、連絡したら迎えに来てくれるかしら?」
再びコクコク。
(この子の父親はさしずめ大企業の重役か、家族住居権を手に入れられるほどの
学生都市で働く者の大部分は単身赴任か他街からの通勤だが、一部の特権階級的な立場の者は家族で学生都市に住むことが許されている。
「そう。それじゃ、一緒に駅まで行きましょうか。駅に着いてからお家の人に連絡した方が良いと思うわ」
怖い目にあった場所で一人で待たせるというのは酷だと思ったのだろう。落ち着いて待てて人目もあり安全な駅前まで送ることにしたらしい。
「ぁ――、あの……。ありがとう……ございました」
何とか聞こえる程度の震える小声だったが、委員長に対してしっかりとお礼の言葉を告げる女子生徒に対して「いいのよ。それにお礼なら私より彼に言ってあげて」と返す。
改めて礼を言われた玄乃は軽く片手をあげて「どういたしまして」と返事する。
「行きましょうか」
委員長と女子生徒が並んで歩きだす。
数メートルの距離を空けて玄乃も歩き出した。
委員長はどうかわからないが、玄乃の寮は駅まで行かずにだいぶ手前で曲がるのだが、玄乃も駅まで着いて行くことにした。
特に頼まれた訳でもないが、なんとなくというか成り行きというか。
さっきの
相手に怪我をさせなかったのもそのためだ。ああいう連中は歪んだプライドが
あるので、ひどくやられっぱなしだと舐められたと激情に駆られることもある。
今回程度であれば、ドローンのカメラに映っていることも考慮すれば、無駄に騒ぎ立てずにいるだろう。
(せっかく駅前まで行くんだ。今日はスーパーで食材でも買ってなんか作るか)
先を歩く委員長の揺れるおさげを見ながらそんなことを思う玄乃だった。
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